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コロナで炎上、それ本当?~計算社会科学でSNSデマを解き明かす! 6/3 18時

 最近、日本の大企業でも「アジャイル」という言葉をよく使うようになった。例えば「デジタルサービスを立ち上げるにはアジャイルに動くことが重要」といった具合だ。デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む企業が増え、アジャイルという言葉がシステム開発だけの範囲を超え、ビジネス「開発」全般でもキーワードとして定着してきたわけだ。

 私は最近までこうした傾向を結構なことだと思ってきた。だって、そうだろう。なかなか結論の出ない部門間の利害調整会議や、「社長はどうお考えだろうか」といった全く無意味な忖度(そんたく)会議などで貴重な時間を浪費していては、新たなデジタルサービスを素早く立ち上げられない。生きのよいベンチャー企業に自分たちのビジネスを破壊(ディスラプション)されて、右往左往しながら没落していくのが関の山だ。

 だから大企業の経営者や幹部が「アジャイルに動くことが重要」との認識を持つに至ったのは極めて素晴らしい。そんな風に無邪気に評価していた。だが、がくぜんとするような話を聞いてしまった。最近の大企業の経営者は自社の意思決定の遅さを問題視していて、DX推進の障害になると考えている。そこまではよい。問題は次だ。「経営会議や取締役会に上げると意思決定が遅くなるので、デジタルの試みは現場に自由にやらせて素早く対応させたほうがよい」。そう考える経営者や幹部が増えているのだ。

 「えっ、正しいじゃん。何が問題なの」と疑問を覚える読者も多いと思う。だが次のように言い換えると「これはまずい」と思えるだろう。要は、経営がDXを現場に丸投げする行為を正当化しているのだ。世のデジタルブームにあおられた経営者が「デジタルで何かやれ」と指示を出し、現場が慌ててPoC(概念実証)に取り組むといった、よくあるケースを想定すると合点がいく。つまり現場丸投げを「アジャイルに動くことが重要」で正当化しようとしているわけだ。

 これをガバナンスの放棄という。何せ日本は、DXの重要性を理解しているのにその取り組みを現場に丸投げする、まか不思議な経営者が大勢いる国だ。以前、この「極言暴論」で紹介したが、日経BP総研の調査で「DXプロジェクトに関する経営トップの姿勢」を問うた設問に対して、DXに取り組む企業の41.6パーセントが「(経営者はDXの)重要性を理解しているものの、現場任せ」と回答しているほどだ。こうした経営者にとって、アジャイルという言葉はガバナンス放棄の免罪符になっている。

 さらに困るのは、現場で真剣にデジタルサービスの立ち上げに取り組む担当者にも、アジャイルを理由にしたガバナンス放棄を歓迎する空気がある点だ。分からない話ではない。新しい何かに挑戦する人は利害調整会議や忖度会議、そしてITに無理解の役員が集まる御前会議で時間を浪費したくない。「放置しておいてくれたほうが、成功確率が上がって会社のためになる」とも考える。だが、それはいつか来た失敗への道なのだ。