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 言葉は悪いが、「企業のシステムを人質に取っているのだから、ふっかけてよいぞ」とあおりたい人たちがいる。誰かと言うと、客先に常駐してシステムの保守運用を担うITベンダーの技術者たちだ。業務内容に比べて待遇が劣悪過ぎるのに、じっと我慢している。そんな技術者に向けて言っているわけだ。ベンダーロックインという言葉があるが、実際には担当技術者がいないとシステムの維持もままならない「エンジニアロックイン」状態といえるから、安い単価や賃金で使われているのなら「ふざけるな」と強気になってよい。

 足元の春闘では、大企業を中心に賃金の大幅引き上げが相次いだ。これまで賃金が上がらなさ過ぎたので、大幅といってもベースアップ込みで5%、良くて10%といったところだが、41年ぶりといわれる物価高騰の折、一息つけると喜んでいるビジネスパーソンもいることだろう。では、IT業界ではどうか。この「極言暴論」で取り上げるわけだから、もちろん人月商売のIT業界での話だ。

 当然、大手SIerの従業員なら賃金引き上げの恩恵にあずかれるはずだ。何せコンピューターメーカーからの落ちぶれ組であるSIerの労働組合は、「電機メーカー」の枠組みでそれなりの賃上げを勝ち取ったはずだからな。他の大手SIerは大企業のグループ会社である場合が多いから、やはり大企業グループの一員としての賃上げが期待できる。では、それ以外の人月商売のITベンダーはどうか。IT業界の多重下請け構造という「多重ピンハネ構造」に組み込まれた技術者は賃上げを期待できるだろうか。

 はっきり言ってしまえば、雇い主の下請けITベンダーだけでなく、客の企業とその元請けであるSIerの両者が深く悔い改めなければ、下請けITベンダーの技術者の待遇改善は望めないだろう。例えば記事の冒頭で「ふっかけてよいぞ」と挑発しておいたシステム保守運用担当の技術者の場合で考えてみよう。保守運用業務はそのシステムの開発を請け負ったSIerが受託するケースが大半だが、これまた多くの場合、SIerは下請けITベンダーの技術者を客先に常駐させる。

 要するに保守運用業務の再委託だ。中には再々委託、再々々委託といったケースもある。SIerが再委託する理由は単純で、自社の技術者よりも下請けITベンダーの技術者のほうが単価が安く、料金の引き下げといった客の要望に柔軟に対応できるからだ。客がITベンダーに支払う保守運用料金はこれまで、安くなることはあっても高くなったことはまずない。毎年のように料金引き下げを強要する客も多数いたぐらいだからな。だから当然、これからも料金は現状維持がせいぜいだろう。

 技術者を単価いくらで売るに等しい人月商売では理屈上、その単価が上がらない限り技術者の賃上げは不可能だ。もちろんシステムの保守運用だけでなく、システムの開発でもその理屈は同じ。客のIT部門は支払う料金を上げたくないだろうし、「お客さまの思いに寄り添う」SIerは自社技術者の賃上げの原資を得られればそれでよい。そのしわ寄せは下請けにいくから、下請けITベンダーの技術者の賃上げは現状のままだと望み薄だ。デフレ経済の下で長く放置されていた人月商売の大問題が、いよいよ深刻化しそうな雲行きだ。