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本当にデジタル敗戦なら手の打ちようがあるが

 さて、ここからが本題だ。どうしたら日本や日本企業の今以上の没落を食い止められるか。そして、デジタル革命の波にうまく乗って「デジタル先進国」の一角に食い込めるか。それを考える必要がある。結局のところ、企業のDX、行政のDX、そして日本のDXを成功させるしかないのだが、これがとてつもなく難しい。

 だって、そうだろう。本当にデジタル敗戦であったのなら、まだ手の打ちようがある。太平洋戦争に敗れた日本は、経済が壊滅状態に陥り、戦前の大日本帝国を率いていた政界の指導者や産業界の経営者らは公職を追放された。いわばゼロベースで復興に取り組んだからこそ、製造業を中心に日本を代表する大企業が続々と誕生し、経済の高度成長を実現したわけだ。そこまでドラスチックな展開は望めなくても、誰にもデジタル敗戦の自覚があるのなら、日本におけるDXの進展を少しは期待してよいだろう。

 しかし、誰も彼もIT/デジタルの領域で戦っては来なかった。もう一度言うが、ボーっしていただけだ。特にユーザー企業の場合、長年にわたりシステムの開発や保守運用を外部のITベンダーに丸投げしてきたわけだしな。他の先進国や新興国の企業では、経営者がIT/デジタルを経営やビジネスの武器として認識し、重要なシステムは内製で開発し、経営者自らも使いこなすようになった。一方、日本企業にはつい最近まで「俺はITが分からない」と公言してはばからない経営者がごろごろいた。

 ITベンダーの場合は、「全く戦ったことがない」というわけではない。富士通や日立製作所、NECがまだ「コンピューターメーカー」だった頃には、世界のメーカーが束になってもかなわない米IBMと何とか戦っていた。で、何度も負けたが、それでも米国以外でIBMと戦えたのは、日本のメーカーぐらいだった。当時の通商産業省(現経済産業省)も産業政策として、IBMに対抗しうる国産メーカーの育成に力を入れていた。

 今と違い、何でそんなことができたのか。当時はIT産業が製造業だったからだ。「猿まね能力」も当時は素晴らしかった。何せIBMのメインフレームを「完コピ」できたのだから。しかし、付加価値がハードウエアからソフトウエアに移り、ソフトウエアを使ったサービスがIT産業のビジネスの主流になると手も足も出なくなった。で、「栄光のコンピューターメーカー」も人月商売の労働集約型産業の親玉に落ちぶれ、日本企業相手にご用聞きにいそしむ存在に成り果てたわけだ。

 そんなわけなので、今の日本ではIT/デジタルの領域で世界と戦っている存在はほとんど見当たらない。だから、四半世紀も前から進展していたデジタル革命に対する「感度」もおそろしく鈍かった。かつての産業革命に匹敵する、あるいはそれ以上の産業の変革期なのに、その本質を長く見落としてきたわけだ。しかもいまだに、経営者にデジタル革命の話をすると、「そんなオーバーなことを言って」といった反応が返ってきたりするから、困ったものである。