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 「何で日本はこんなに駄目なのか」あるいは「こんなに駄目になったのか」。今、IT関係者だけでなく日本人の多くがそう感じていることだろう。もちろん私もそう思う。誰もがイケイケで完全に思い上がっていた1980年代後半のバブル期が良い時代だったかはともかく、バブルの壮絶な破裂を経て、あれから日本経済はずっと下り坂だ。少子高齢化と相まって、それこそお先真っ暗の感がある。

 日本にとって間の悪いことにその下り坂は、1995年を起点とするインターネットの爆発的普及により世界で始まったデジタル革命と重なってしまった。これにて日本が得意とした製造業、ものづくりの時代が終焉(しゅうえん)に向かい、IT/デジタルによるコト(サービス)の時代が始まった。経営者や政治家は事の重大さに長い間全く気づかず、今ごろになって「やばい。DX(デジタルトランスフォーメーション)だ」と騒いでいる始末で、日本は完全にデジタル革命に乗り遅れてしまった。

 「木村はなぜじじいの繰り言のような話を書くのか。この極言暴論はうざいぞ」と思う読者もいるだろうが、もう少々我慢してもらいたい。何も私が還暦になったから、こんな話を言いたくなったわけではない。今回の極言暴論の前提として明確にしておきたいから書いているだけである。

 さて、日本がデジタル革命の波にうまく乗れていたらどうだったか。もちろん、バブル崩壊の破壊的インパクトを吸収して余りある成長を遂げられただろう。労働生産性も大きく高まり、少子高齢化も怖くないといった状況になっていたはずだ。実際にチャンスがあった。楽天など新興企業が続々誕生し、ソフトバンクがグローバル企業に飛躍するきっかけをつかみ、日本政府がe-Japan戦略で「世界最先端のIT国家になる」と宣言した2001年までの期間は、そんな可能性に満ちていた。

 だがネットバブル崩壊の際に、後に外資に買収された家電メーカーの幹部の「ネットビジネスは虚業だった」との迷言に象徴されるように、政府も大半の企業もせっかくのチャンスを手放してしまった。その後は、デジタル革命の進展を注視することすらも怠り、ボーっと過ごしてしまった。あの頃、叱ってくれる「チコちゃん」がいたら、どんなによかったかと思うぞ。で、巨大化したGAFAや、日本をあっという間に追い越していった韓国や中国などの新興国のデジタル化を見てびっくり仰天。「デジタルだ! DX!」だと今になって騒いでいるわけだ。

 今回の新型コロナウイルス禍において政府のIT/デジタル活用があまりにもずさんで、世界にその醜態をさらした。そのため政治家を中心に「デジタル敗戦」という言葉が流行した。かつての敗戦になぞらえ、戦後復興のようにDXを推進しようという意図が隠れていると推測するが、私から言わせればそれは違う。日本はそもそもIT/デジタルで戦ってもいないぞ。まさにボーっしている間に「焼け野原」となっただけである。