
このところ、日本企業の経営者に流行している言葉がある。「AI(人工知能)を使って何かやれ」である。ポイントは「何かやれ」だ。言葉を補って「何でもよいから何かやれ」とすれば、さらに分かりやすくなるだろう。
経営者が「何かやれ」と言う相手はもちろん部下だ。CIO(最高情報責任者)やIT部門、あるいは急ごしらえのCDO(最高デジタル責任者)やデジタル組織かもしれない。いずれにしろ、多くの企業から「社長が突然『AIだ』『データ活用だ』と騒ぎ出して困っている」といったぼやきが漏れてきている。
はっきり言って部下に「何でもよいから何かやれ」と命じるのは、経営者として「超」が付くほど恥ずかしい。言うまでもなくAIは手段である、それを活用する前提として経営上の目的が必要だ。にもかかわらず、具体的な目的を示さないのは経営者がAIを活用する経営上の目的をよく考えていないからである。経営上の目的探しまで部下に丸投げしているわけだ。何なら「日本型トップダウン方式」と呼んでもよい。
そんなわけなので、「AIを使って何かやれ」と命じられた部下は本当に困ってしまう。で、予算があるなら外資系のコンサルティング会社を呼び、予算がほとんど無いのならSIerに泣き付く。そうした案件があまりに多いので、コンサル会社もSIerもソリューションを用意している。彼らは言う。「取りあえず、PoC(概念実証)でもやってみましょうか」。
当然と言えば当然だが、日本型トップダウン方式でスタートさせたAI活用などろくな結果にならない。AIを適用する業務はコンサル会社やSIerが見つけてくれるだろうが、経営上の目的がはっきりしないPoCをいくら繰り返したところで、「AIを活用してみた」以上の成果は出ない。要は「PoCごっこ」に貴重なリソースを費やしただけで終わる。
ただし、日本企業でもごくまれに「この課題を解決するためにAIが使えるかもしれない」とアイデアを温めている従業員がいたりする。その企業の経営者が「AIを使って何かやれ」と言い出せばチャンス到来だ。「何かやれ」としか命じられていないから、自分の思ったようにやれる。結果を出し、メディアに取り上げられると、経営者も鼻高々だ。
しかし、そんな偶然はめったにない。そこで、AI活用でろくな成果が出ない多くの企業の経営者は、他社の成功事例に悔しがりながらこんなふうに思う。「うちにはろくな人材がいない。優秀なAI技術者がいれば何とかなるのに」。とことんおめでたい。「AI人材が足りない」の内実は、ざっとこんな話である。