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 自動販売機の中に人がいた――。昔、テレビ番組でそんなコントを見た記憶がある。子供の頃の古い記憶で、恐らく1970年ごろのことだろう。自動販売機にお金を入れて飲み物を買おうとするのだが、どうもおかしい。実は自動販売機の箱の中には人が入っていて、飲み物を受け口に出していた。自動販売機ならぬ手動販売機、そんなコントだった。

 今のように自動販売機は普及しておらず、田舎ではまだまだ珍しかった頃なので、子供心にもとても新鮮で面白かったのを覚えている。しかしそれにしても、あれから50年、半世紀の時を経て同じ光景に遭遇するとは夢にも思わなかった。もちろん同じ光景と言っても自動販売機のコントではない。今回の新型コロナウイルス禍によって見えた国や地方自治体のIT活用のトホホな現実が、まさに「自動販売機の中に人がいた」と同じ光景なのだ。

 何の話かと言うと、新型コロナ禍の経済対策として一律10万円を給付する特別定額給付金に絡む例のトラブルだ。システムの不備などからマイナンバーカードを使ったオンライン申請が大混乱に陥ったが、その大混乱の中に「自動販売機の中に人がいた」と同じ光景が交ざっていた。

 トラブル自体は既に詳しく報じられているのでくどくどと書かないが、ポイントは次の通りだ。マイナンバー制度の個人向けサイト「マイナポータル」に専用フォームを設け、マイナンバーカード保有者が給付金のオンライン申請をできるようにしたまではよかったが、実際の業務を担う各自治体のシステムが間に合わない。専用フォームでは申請者の入力ミスをチェックできないこともあり、自治体の現場は大混乱に陥った。

 で、自治体の中には、職員がオンライン申請データを紙に打ち出して目視、手作業で住民基本台帳の住民情報と照合したり、入力ミスをチェックしたりするなど人海戦術で対処したところもあったという。マイナンバーカード保有者はオンラインで「電子申請」したはずだが、その裏で自治体の職員が手作業で処理していた。まさに「自動販売機の中に人がいた」ならぬ「システムの中に人がいた」状態である。

 それにしても、何でこんなトホホな状態になってしまうのか。コント版「自動販売機の中に人がいた」は自動販売機が本格的に普及する前の話だが、リアル版「システムの中に人がいた」はITが普及して数十年たちデジタルの時代を迎えた今の話だ。これはもうIT活用力がどうのこうのというレベルの話ではないな。それ以前の日本の構造的問題と言ったほうがよいだろう。