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 今、日本企業の間で「全社員のデジタル人材化」なるものが流行している。全社員を対象にDX(デジタルトランスフォーメーション)が何たるかを教え、ローコード/ノーコード開発ツールやデータ分析ツールの活用法などを学ばせて、ビジネスの現場でのアプリ開発やデータ分析に生かしてもらおうという取り組みだ。各社の事例ともあまりに似ているので、どこかのコンサルティング会社の入れ知恵かと疑ってしまうほどだ。

 この「極言暴論」の読者ならよくご存じだと思うが、私はこの手の試みには懐疑的だった。というか、否定的だったと言ったほうがよいな。なぜ「だった」と過去形で書くのかと不審に思う人もいるだろうが、おいおい説明するので今は気にしないでほしい。で、何で否定的かというと、特にローコード/ノーコードといった類いの開発ツールを現場に使わせるのは筋が悪いからだ。かつてExcelなどの現場活用を推奨した結果、Excelのマクロだらけとなり、貴重なデータが現場で「隠匿」されるようになった「悪夢」を覚えている人も多いだろう。

 かつての悪夢のことは「エンド・ユーザー・コンピューティング(EUC)の悪夢」と呼ぶ。それと同じく全社員、つまりエンドユーザーにコンピューティング環境を開放しようというのだから、誠に恐ろしい。この「暴挙」に乗り出した企業は全社員にDXを教えるとしているが、本当だろうか。「デジタルを活用した(全社的な)ビジネス構造の変革」という本質から教えているのならよいが、恐らくは「デジタルを活用すれば、こんなことができる」といった類いの話だろう。

 そんな訳なので、私は「全社員のデジタル人材化」をDXとして取り組む動きをシニカルに見ていた。それはDXではなく、日本企業を駄目にしたカイゼン活用のデジタル版、デジタルカイゼンにすぎないだろうというわけだ。全社員の「デジタル人材化」はともかく、ビジネス現場にローコード/ノーコード開発ツールを提供して、自由にアプリをつくらせる策は下の下である。それを「我が社のDX」と言うのだから、もう目まいがしそうだ。

 実は、ローコード/ノーコード開発などの問題は一度、この極言暴論で正面から論じたことがある。極言暴論では珍しく複数の識者の知見も取り入れさせてもらったため、自分で言うのもなんだが、随分良い出来の暴論に仕上がった。例えばローコード開発について、ある金融機関のCIO(最高情報責任者)はこう言う。「ローコードで何とかできるのは内部設計から単体テストまでの範囲。要件定義などの上流は従来通り、厳密に行わなければならない。それなのにローコード開発を導入すると、なぜか上流をいいかげんにするケースが多い」。

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 問題はまさにこれだ。技術者ですらローコード開発では要件定義をないがしろにする。本来なら企業で使うアプリをつくるわけだから、どんな機能を盛り込むかといった点だけでなく、全社的な観点からの位置付けや他のシステムとのデータ連係の在り方なども含めて検討しなければいけない。なのに、それらをはしょって、とりあえずつくる。そんな感覚だから、ローコード開発、そしてノーコード開発を安易にエンドユーザーにやらせてしまう。で、悪夢再びとなるわけだ。