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 IT業界の人月商売を初めて知って衝撃を受けたときからだから、もう30年以上も前からずっと思っていたことがある。何度かこの「極言暴論」で記事にしようかと思ったが、さすがに失礼極まりない物言いになるので、今まで書かずに来た。だが、そろそろはっきりと指摘したほうがよいだろう。人月商売のITベンダーの経営者って楽過すぎないか。はっきり言って、社内政治にたけていれば誰でも務まる。

 「おいおい、そんなの最初から分かりきったことだろ。何を今更言っているんだ」。人月商売のIT業界にいる口の悪い読者なら、きっとそんなふうにあざ笑うだろう。だが、ちょっと考えてほしい。「社長は孤独だ」とよく言うでしょ。私も含め大半の人は社長業なんてやったことがない。どんな産業であっても、経営者には人知れぬ苦労があるはずだ。経営姿勢を批判することはあっても、さすがに「社長の仕事って楽でしょ」と言うのは失礼だ……と思ってきた。

 だが何度考えても「人月商売のITベンダーの経営者は楽だ」という結論しか出てこない。そもそも経営者として、厳しい意思決定と説明責任に迫られるタイミングって何があるだろうか。後で詳しく述べるが、せいぜい個々のシステム開発プロジェクトが大炎上したときぐらいだろう(これとて大した話ではない)。経営者の「重要なミッション」であるゴルフ接待や夜の会食での接待にしても、特に会食は新型コロナウイルス禍で激減しているはずである。ひょっとしたら、仕事が楽というより暇なのではないか。

 もちろん本来、経営者は激務のはずだ。例えば人月商売という労働集約型産業ではない「本物」のIT産業の場合、経営者は多忙を極める。米国のITベンダー、あるいは日本でもスタートアップを思い浮かべてみるとよい。クラウドサービスなどに対する巨額の先行投資についてリスクを取って決断しなければならないし、マーケティングのために自らがメディアなどに露出しなければならない。M&A(合併・買収)や事業撤退の決断も必要だ。

 さらに株主や投資家らの厳しい視線に耐え、説明責任と結果責任を果たさなければならない。特に今どきのスタートアップなら数年間は赤字続きだったりする。経営者はビジョンや事業計画を明確に語って株主や投資家、融資を受ける金融機関に納得してもらい、株式を持ち続けてもらったり、融資を維持してもらったりしなくてはならない。もちろん、結果には経営者として責任を取らなければならない。これは本当に大変である。超多忙だし、ものすごいプレッシャーだ。

 そこまでいかなくても人月商売のITベンダー以外の産業なら、サラリーマン経営者といえども、それなりに大変だ。製造業であっても小売業であっても大型の設備投資の判断や事業撤退の決断が必要になるだろう。それと比べたら、「人財」が全てであり現場丸投げの経営が基本の人月商売のITベンダーでは、経営者は心から羨ましいぐらい楽ができる。