PR

 世はデジタルの時代になろうとしているが、不思議なもので「デジタル」という言葉が大嫌いな人がIT関係者には大勢いる。そんな人たちはCIO(最高情報責任者)であったり、ITコンサルタントであったり、気鋭の若手技術者であったりする。つまりどういうわけか、その道の権威や識者、あるいは一家言を持っている人ほどデジタル嫌いが多い印象だ。そのような立派な方々に対して失礼だが、もはや時代の流れに取り残されていると言うしかない。

 この手の人たちがなぜデジタルを嫌うのかは容易に分かる。言葉の端々に出るからだ。彼らからすると「どこかのITベンダーがマーケティングの都合で使い始め、メディアがその尻馬に乗ってはやらせた」のが「デジタル」なのだ。つまりバズワードにすぎないわけだ。だからデジタルという言葉は大嫌いであり、「デジタル!デジタル!」と騒ぐやからは軽蔑の対象ですらある。もちろん、私もその「やから」に含まれているだろう。

 だが本来、言葉の出自はどうでもよいはずだ。たとえバズワードだったとしても、その言葉が新たな時代を示す強い力を持つならば、どんどん使うべきだ。だが、彼らは耳を貸そうとしない。以前、デジタル嫌いの某氏にそんな話をすると「あのね、木村さん。『デジタル』なんて言葉はそのうち廃れるよ。だって、『IT』の言い換えにすぎないじゃない」との反論が返ってきた。確かにデジタルはITの言い換えにすぎないが……。うーん、愚かだ。

 愚かと書いたのは思考が停止しているからだ。「なぜデジタルはITを言い換えたにすぎないのに、これほどまでポピュラーに使われるようになったのか」と追究するのが知性であろう。デジタルという言葉が嫌いなら使わなければよいが、バカにするあまり思考停止になっては話にならない。冒頭に書いた通り、その道の権威であろうが、気鋭の若手であろうが、時代の流れに取り残されていくのは必然なのである。

 とはいえ「デジタル!デジタル!」と騒いでいる面々の中にも、単なるバズワードと思いつつマーケティングの都合から仕方なく使っている人もいる。少し前、あるITベンダーの幹部に「実はデジタルという言葉が嫌いなんです」と耳打ちされ、苦笑いした。そんなわけで今回の「極言暴論」は「なぜ人はITをデジタルと言い換えるのか」について本質論を展開しよう。これを読めば頭の固い人たちのデジタル嫌いも直る(かもしれない)。