
「ユーザー企業のIT部門の隠蔽体質は今も変わらないよ」。複数の企業でCIO(最高情報責任者)を務めた後にコンサルタントに転じた人が、そんな話をしていた。IT部門の隠蔽体質と言われても、技術者の読者にはピンと来ないかもしれない。だが、経営陣や利用部門がこぼす困惑や陰口を耳にすれば理解できるだろう。例えばこんなふうにだ。「あの連中、何をやっているのかも分からないし、何であんなにお金がかかるのかも分からない」。
ただ、冒頭のコンサルタントの言葉は、私には少し意外だった。確かにIT部門の隠蔽体質はひどいものだったが、それは過去の話。ほとんどのIT部門が今では隠蔽する力もなくなったというのが私の認識だからだ。じゃあ、何を隠蔽してきたのかと言うと、システム開発や保守運用に費やすIT予算の内実や、IT部門がどんな仕事しているかいったことなどもろもろだ。
もう少し具体的に言うと、昔なら経営者らがITを分からないのをよいことに、IT予算をほぼブラックボックスにできた。しかも昔は「ITは経営に不可欠」というムードがあったから、大企業のIT部門なら巨額のIT予算を確保できた。例えばある大手金融機関では80億円のシステム開発案件が経営会議で素通しだったという。で、「後は専門家(=IT部門)に任せた」となる。システムの保守費も巨額で、小規模なシステム開発はそこに紛れ込ませることで、投資ではなく経費扱いにすることもできた。
そういえば、こんなこともあったな。随分前だが、大企業でCIOを務めたことのあるシニア2人に上記の話をしたら、1人は「そんなばかなことをするIT部門はない」と怒気を含ませて言下に否定した。意外にも、この人がいたIT部門はまともだったようだ。「そんなに怒らなくても」と私はびびったが、もう1人が「いや、全く木村さんの言う通りだ」と話し始めたので事なきを得た。その人が言うことには「経営者や他の役員がITを分からないほうが都合がよかった。利用部門の要望さえ聞いていれば、IT部門が予算を自由に差配できたからね」。
ただし、そんなIT部門のかりそめの「黄金期」も例の「2000年問題」が片づくまでの話。米誌ハーバード・ビジネス・レビューが2003年5月号に「ITは競争優位要因にならない」とするニコラス・カーの論文「IT Doesn't Matter」を掲載すると、日本でも話題になるなど逆風が吹き始める。当時はちょうど、日本経済の大スランプ期である「失われた20年」のど真ん中。ITを分からない経営者が「やはりそうか。いくらITに投資しても我が社の競争優位につながらないな」と思い込んだことで、IT予算は大幅に削られ、IT部門はリストラに追い込まれた。
かくして多くの日本企業でIT部門の劣化、素人化が一気に進んだ。最近、DX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が叫ばれるようになったことで、経営者が再び「ITは経営に不可欠」と考えるようになったが、IT部門にとっては時既に遅し。DXを担うのは別途新設されたデジタル推進組織というパターンが大半となり、多くの企業でIT部門は日陰の存在になり果てたままだ。だから、もはや隠蔽したくても隠蔽するものもない。私はそんな認識だったが、どうやら違うらしい。