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製造業も小売業もIT産業へと変貌する

 考察が甘かったもう1つの点だが、これは既に「IT利用産業=IT産業と見なすべきだった」とネタばらししている通りである。例えば米グーグル(Google)や米アマゾン・ドット・コム(Amazon.com)などのGAFAは誰がどう見てもIT産業のメジャープレーヤーだ。では、先ほどIT利用産業の代表例とした、何らかのデジタルサービスを提供するスタートアップとの違いは何か。考えれば考えるほど、その線引きは難しい。

 アマゾンやグーグルなどがIT産業のメジャープレーヤーである理由は、今が旬のAI(人工知能)など最新技術を次々と生み出しているからだ。まさに記事の冒頭で紹介した経営者のIT産業の定義にかなう。だがGAFAといえどもインターネットなど先人が生み出した技術を利用している。その意味ではIT利用産業だ。従来の技術を利用し、その上で新たな技術を開発し、自社のサービスなどに組み込んで提供しているわけだ。

 一方、スタートアップはどうか。確かに多くの場合、クラウドやオープンソースソフトウエア(OSS)などの形で提供されている既存の技術を巧みに組み合わせて、デジタルサービスを提供している。この段階にとどまれば純粋なIT利用産業だが、やがて独自開発の技術をサービスに付加するようになる。こうなれば立派なIT産業だ。それに最初から独自技術を基にしたサービスで勝負するスタートアップもある。

 そんなわけなので、IT産業とIT利用産業の間に垣根を設けるのは難しい。そして何より重要なのは、独自技術を開発しようと既存技術を利用しようと、それを担う「手を動かせる」技術者を多数抱え、技術者の働きでデジタルサービスという商品を作り出している点だ。IT利用産業ですらないSIerとの対比で見れば、IT産業とIT利用産業には本質的な差が無いと分かるはずだ。

 そもそもこれはIT業界に限った話ではない。例えば日本の基幹産業である製造業でも同じことが言える。製造業は自動車や化学、機械などの分野に関わらず、それぞれの分野の既存技術を活用して、ものづくりに取り組んでいる。同時に技術開発競争にしのぎを削り、独自技術を自社製品に組み込むことでライバルとの差別化を図ってきた。その意味では自動車メーカーは「自動車技術利用産業」であり「自動車技術産業」でもある。

 当然、製造業の各社はそれぞれの分野の技術者を多数、社員として抱えている。だからビジネスのデジタル化を図る際には、当然のこととしてIT技術者を採用してデジタル関連のサービスを内製しようとする。つまりGAFAなどと同じIT産業の一員となっていくわけだ。小売りなどのサービス業でも、デジタル先進企業はその辺りの理屈を理解していて、IT技術者を多数採用してデジタルサービスの内製化を進めている。

 我らが人月商売のIT業界でも、メインフレーム全盛期には国産コンピューターメーカーは製造業の一員だったから、既存の技術(主に米IBMの技術だったが)を利用しつつ、独自開発の技術を組み込んで、国際競争力のあるメインフレームを生み出していた。ところがSIという人月商売、労働集約型のサービス業の親玉に落ちぶれてしまい、IT産業としての誇りも失ってしまった。