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 いまだに「人材」のことを「人財」など称するあほうな企業が後を絶たないようだ。そもそも人月商売のITベンダーが大好きな表現なのだが、まさに人しか「売り物」がない多くの日本企業が好んで使っているらしい。最近、何を勘違いしたのか、外資系ITベンダーまで発表会で「人財」を使っているとのツイートが流れてきたので、思わずのけ反ってしまった。

 「人材」を「人財」と言い換えることがどれほど恥ずかしいことなのかは、以前、この「極言暴論」と対をなす私の正統派コラム「極言正論」で詳しく言及した。「人財」という言葉を使っているITベンダーなどの経営者がこの記事を読んだら、思わず赤面して悔い改めるに違いないほど、その恥ずかしさを理詰めで指摘した。ただ残念なことに、極言正論は正統派コラムとして真面目な書きぶりなので、極言暴論ほどには読まれなかったようだ。

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 なので、「人材」を「人財」に言い換えることが、いかに恥ずかしいことなのか、いかに自分たちの無知をさらけ出すことなのかについて、ここでもう一度おさらいしておく。以前、こんな出来事があった。人月商売とSIもやっている準大手ITベンダーの経営者が、ドヤ顔で次のように複数の記者の前で言い放ったのだ。

 「人はビジネスの材料ではなくて財産なんだ。だから人材ではなく人財と呼ぶべきだ」。まあ、実際には話し言葉だと人材と人財の区別がつかないから、もっとまどろっこしく話したのだが、要はこんな言い分だった。私がその前に「なぜ人財のような欺瞞(ぎまん)的な言葉を使うのだ」と挑発的に聞いたこともあってか、その経営者はかなり上から目線で言い放った。幸い他の記者が人財と言い換える恥ずかしさを知らなかったようなので、この人は赤っ恥をかかずに済んだ。だが、上から目線でそんな話をするのは、あまりにイタい。

 何で恥ずかしいかと言うと、人材の材を材料の材だと思っている点だ。材という言葉には材料という意味の他に、持って生まれた才能や能力という意味がある。つまり人材はビジネスの材料として使われる人ではなく、ビジネス上の才能や能力のある人を意味する。納得できないなら自分で調べてみるとよい。すぐに「人材とは、才能があり役に立つ人」といった説明に出くわすはずだ。ついでに言えば、そうした才能や能力がとりわけ優れた人を何と呼ぶか。そう、「逸材」だ。

 いかがだろうか。「人材ではなく人財」とドヤ顔で言うことが、いかに恥ずかしいことか理解できたと思う。それにしても不思議だ。社内に人材という言葉の意味を知っている人はいるはずだし、少し調べればすぐに分かるはずだ。なのに、なぜか「人材ではなく人財」と称してしまう。しかも、ドヤ顔まではしないまでも「人財」を使ってしまう企業が、日本にあまたある。恐らく社員に対して何か後ろめたいことがあるに違いない。