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 経営者が強くコミットしないとDX(デジタルトランスフォーメーション)は成功しない――。これは「極言暴論」でも口を酸っぱくして言い続けてきた永遠の真理だ。ところが最近、続けざまに「経営者がDXに無関心で現場に丸投げしてくれたほうが、担当者はDXを進めやすい」との話を聞いた。うーん、これは由々しき事態だ。しかも企業だけではなく、行政機関も同じだという。行政の場合、「経営者」を「首相」などに置き換えればよい。

 いったいどういう訳かを説明する前に、まず前提の話をしておこう。今や公式には、経営者や首相らがDXに無関心ということはあり得ない。企業なら経営者が「DXなんてよう分からんし、関心がない」などと公言しようものなら一大事だ。株主や投資家から「変革やイノベーションに後ろ向き」と受け取られ、株価にも影響する。もちろん、DXについて何も語らないのも許されない。だから本当はDXに無関心の経営者も、DXを経営戦略の柱と位置付けるふりをする。

 例えば中期経営計画にDX戦略を「強引に」盛り込む。経営者だけでなく、中計を「作文」する経営企画部門も「我が社のDXって何かありますか」状態でも、DXに一言も触れないのはまずいということで、何を言いたいのかよく分からないような表現で「DX戦略」を書き込むわけだ。で、株主や投資家らに説明する具体的な取り組みが必要となり、DX推進組織を立ち上げたりする。だが多くの場合、DX推進組織を管掌する役員が「何をしてよいのか分からない」という、トホホな状態に陥ることになる。

 「さすがにそんなばかな話はあるわけがない」と思う読者がいるかもしれないが、ユーザー企業の人なら自社の経営企画部門やDX推進組織の担当者に、酒でも飲ませて聞いてみるとよい。私の聞いている話からすると、感覚的だがおよそ3分の1、あるいは半分の企業で「実はその通りなんだよ」との話を聞けると思うぞ。場合によっては、もっとトホホな話を聞けるかもしれない。そんなときは、ぜひ私にご一報いただければ幸いである。

 行政機関でも同じだ。首相も地方自治体の首長も今や、行政のDXに無関心という態度は取れない。そのことを鮮やかに示した実例がある。岸田文雄首相は自民党総裁選挙で勝利して以降、首相就任直後まで株価の下落に見舞われた。金融所得課税の強化を表明したことに加え、DXなどの改革に後ろ向きとの印象を与えたからだ。実際、首相就任直後の所信表明演説では「分配」を強調するばかりで、「改革」という言葉を1回も使わなかったほどだ。

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 では、岸田首相は本当にDXなどの改革に関心がないのであろうか。直接話を聞く機会は恐らく永久にないので確証を持っては言えないが、「ほとんどない」とみてよいだろう。いわゆる「改革派」の官僚の何人に聞いても、「残念ながら……」という言葉が返ってくるばかりだ。とはいえ、株価が下落・低迷しては政権の痛手となる。そんな危機感からか、デジタル臨時行政調査会(デジタル臨調)やデジタル田園都市国家構想などの取り組みを矢継ぎ早に公表している。まさに、本当はDXに関心のない企業経営者と相似形を描いている。