9月26日、東京・赤坂にあるサントリーホールで、永田穂(みのる)氏のお別れの会が開かれた。永田氏は音響設計家で、永田穂建築音響設計事務所(現・永田音響設計)を創設した人物。8月7日に肺炎のため死去した。93歳だった。永田音響設計は、日本国内にとどまらず、欧米や中国など世界中の著名な音楽ホールを数々手掛けている、日本を代表する設計事務所の1つだ。

永田音響設計を創設した永田穂氏が8月に死去した。日本音響学会や米国音響学会などから数多くの賞を受賞。担当した音楽ホールは国内外で数百件に上る(写真:永田音響設計)
永田音響設計を創設した永田穂氏が8月に死去した。日本音響学会や米国音響学会などから数多くの賞を受賞。担当した音楽ホールは国内外で数百件に上る(写真:永田音響設計)
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9月26日に開かれたお別れ会でエントランスホールに設置された献花台。多くの建築関係者や音楽関係者などが訪れ、永田氏との別れを惜しんだ(写真:日経アーキテクチュア)
9月26日に開かれたお別れ会でエントランスホールに設置された献花台。多くの建築関係者や音楽関係者などが訪れ、永田氏との別れを惜しんだ(写真:日経アーキテクチュア)
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 永田氏は1925年4月、福岡県生まれ。49年に東京大学第一工学部計測工学科を卒業後、NHKに入局。音響研究部長などを歴任し、71年に46歳で退職。同年7月、永田穂建築音響設計事務所を設立した。94年に永田音響設計の特別顧問に就任して以降も、亡くなる約2年前までホール設計に関わり続けた。

 NHK在籍時代はNHKホールや東京文化会館、国立劇場、武蔵野音楽大学ベートーヴェンホールなどに、独立後は東京芸術劇場や、すみだトリフォニーホールなど数百件にもわたる音楽ホールの設計に携わった。

1980~90年代にかけては、日本の経済成長が著しく、全国各地でホールや劇場などが建設された。写真は90年に完成した「東京芸術劇場」で、芦原建築設計研究所が設計した(写真:永田音響設計)
1980~90年代にかけては、日本の経済成長が著しく、全国各地でホールや劇場などが建設された。写真は90年に完成した「東京芸術劇場」で、芦原建築設計研究所が設計した(写真:永田音響設計)