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 土佐湾沖を震源とする南海トラフ地震対策を喫緊の課題とし、防災・減災のための対策に力を傾ける高知県では、本庁舎の耐震改修を2012年に完了させている。1962年竣工の近代期の建築ながら、その歴史的・文化的な価値を認め、「保存・再生」をテーマとする免震レトロフィット改修を実施したのが特徴だ。

高知城下の史跡地区内に立つ。原則として再建築は不可能と判断される場所で、別に新築する用地の確保も難しいため、免震改修を選択する理由となった。外観に関しては、劣化対策を基本としている。バルコニー手摺りの補修に関しては、県下の職人事情ではツツキ仕上げの再現には無理があるため、細かな骨材を混ぜた塗装材の左官仕上げで近似させている(写真:佐藤総合計画)
高知城下の史跡地区内に立つ。原則として再建築は不可能と判断される場所で、別に新築する用地の確保も難しいため、免震改修を選択する理由となった。外観に関しては、劣化対策を基本としている。バルコニー手摺りの補修に関しては、県下の職人事情ではツツキ仕上げの再現には無理があるため、細かな骨材を混ぜた塗装材の左官仕上げで近似させている(写真:佐藤総合計画)
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改修前
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改修後
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 耐震改修の方法を検討する段階では、最終的に採用した基礎免震レトロフィット構法のほか、地下1階柱頭免震レトロフィット構法、プレース壁等による耐震補強+階数削減、制振ダンパー等による制振構法などを比較対象としている。仮庁舎を建設する余地はなく、難度の高い「居ながら」工事となるが、免震レトロフィットに絞り込んだ。

 高知城下の史跡地区内に立つという条件が特に、建物の改変を最小限にできる免震レトロフィット改修を選択する理由になった。同地は1920年(大正2年)にレンガ造・2階建ての庁舎が建設された場所で、戦災と震災をくぐり抜けてきた建物が、診断によって強度不足の「弱体建物」と位置付けられたため、建て替えに至った経緯がある。

 現存する本庁舎の設計は、東京大学教授として前川國男や谷口吉郎、丹下健三などを指導した岸田日出刀(岸田建築研究所)が手掛けた。人造石のバルコニーによって水平線を強調したシンメトリーの外観は、それから50年以上、市民のシンボルとして親しまれてきた。

 改修後も史跡地区の景観を損わない建物であること、特に高知城との調和を乱さないデザインであることなどが重要であると認識された結果、免震レトロフィット構法を前提とする耐震改修の方針が打ち出された。

中央ホールのサッシはスチールからアルミに取り替えている。欄間部分を、自動制御の換気窓としている(写真:守口王仁)
中央ホールのサッシはスチールからアルミに取り替えている。欄間部分を、自動制御の換気窓としている(写真:守口王仁)
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右手奥に見える通路の脇(左側)の柱は、新設した構造補強要素。これも既存のツツキ仕上げに近似させた質感とし、元からあった柱のように見せている。右手壁面、高知県産の流紋岩のタイルは既存の仕上げ(写真:日経アーキテクチュア)
右手奥に見える通路の脇(左側)の柱は、新設した構造補強要素。これも既存のツツキ仕上げに近似させた質感とし、元からあった柱のように見せている。右手壁面、高知県産の流紋岩のタイルは既存の仕上げ(写真:日経アーキテクチュア)
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