全2877文字
PR

 新型コロナウイルスの感染リスクを低減するために、建築のデザインに何ができるのか。病院設計の最前線や、医療崩壊を抑えるプランの考え方などを、日建設計エンジニアリング部門設備設計グループの伊藤昭アソシエイトに取材した。伊藤アソシエイトは30年近く医療施設の設計に携わる傍ら、2008年には順天堂大学大学院医学研究科において感染制御科学の分野で博士課程を修了している。以下に、インタビューの内容をお伝えする。

日建設計エンジニアリング部門設備設計グループの伊藤昭アソシエイト。1988年に早稲田大学修士課程を修了し、日建設計に入社。医療施設の他に、美術館や大規模高層複合施設など数多くの設計を手掛ける(写真:日経アーキテクチュア)
日建設計エンジニアリング部門設備設計グループの伊藤昭アソシエイト。1988年に早稲田大学修士課程を修了し、日建設計に入社。医療施設の他に、美術館や大規模高層複合施設など数多くの設計を手掛ける(写真:日経アーキテクチュア)
[画像のクリックで拡大表示]

最新の病院では、感染症対策としてどのような設計を行っているのですか。

 感染症の種類によって、気を付けるべき「感染経路」が異なります。まず経路を突き止め、それに向けた対策を講じることが最も効果の高い感染予防策です。新型コロナウイルスの場合、特に注意すべき感染経路が「接触感染」と「飛沫感染」であることが、世界中ですぐに共有されました。

 接触感染を防ぐには、手に触れる物への対策が重要です。約20年前に私が病院を設計していた頃は、清潔な物と汚染物を厳密に分ける考え方が主流でした。しかし、病院のスペースや予算が限られる中で、厳密に分ける方法はいわば「やり過ぎ」で、中にはエビデンス(科学的根拠)が認められない対策があることも徐々に分かってきたのです。現在は、エビデンスを踏まえつつ、設計と運用の両面で非常時に対応する方法が増えています。

消毒液など備品の置き場にも配慮

 一口に接触感染といっても、ウイルスに汚染されるリスクには、部位によって差があります。最もリスクが高いのは「手のひら」。しかし、手洗い場の設置数や配置に関する明確な基準、指針などはほとんどありません。そこで、例えば患者用、医療スタッフ用、器材洗い用といったふうに手洗い場を3つに区分することで、接触感染を抑えます。医療スタッフは何度も手洗いをするので、彼らの動線の途中に、いかに手洗い場を計画的に配置するかがポイントです。

都内病院にある3種類の手洗い場の例(写真:日建設計)
都内病院にある3種類の手洗い場の例(写真:日建設計)
[画像のクリックで拡大表示]

 医療スタッフ用の手洗い場には、水はねしにくい洗面器と、非接触の自動水栓をよく採用します。海外などではレバー式水栓を使う病院もありますが、その場合はレバーの長さを10cm以上にして、手で直接触らず肘で開閉栓できるように配慮します。

 見落としがちなのが、アルコール消毒液やペーパータオル、マスクといった備品の置き場です。一般の建物でも、ちょっとした台や階段の手すりの上などに、消毒液のボトルを無造作に置いているケースが散見されますね。台の周りに菌やウイルスが付着したり、複数の人がボトルを触ったりするリスクを考えると、備品も設計段階から置き場が決まっていることが望ましいでしょう。私は入り口周りにマグネットを付けて、医療スタッフが備品を設置しやすい仕組みにしています。

 飛沫感染の場合、足元の対策にはあまり過敏になる必要はありません。くしゃみやせきなどで発生した細かな飛沫は、一旦地面に落ちれば口や鼻などまで巻き上がることはあまりないというエビデンスがあるからです。病室内も過度な消毒は必要なく、消毒液でほこりを拭き取りやすいような平滑なデザインを採用することが基本です。

一般病室の例。飛沫感染を抑えるため、ベッドの間隔は約2m。棚などもほこりがたまりにくいデザインとする(写真:日建設計)
一般病室の例。飛沫感染を抑えるため、ベッドの間隔は約2m。棚などもほこりがたまりにくいデザインとする(写真:日建設計)
[画像のクリックで拡大表示]