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  Backpackers' Japan(バックパッカーズ・ジャパン)の代表取締役として古いビルなどを鮮やかに再生し、リノベーション・ゲストハウスのムーブメントを作り上げた本間貴裕と、マッキンゼー・アンド・カンパニーからラグビーワールドカップ2019組織委員会に転じ、戦略統括・特命プロジェクト担当としてW杯成功に貢献した福島弦。2人のキーパーソンが、新しい挑戦に歩みを進める。

  2020年7月15日、2人を代表とする株式会社であるSANU(サヌ)は、「自然と共にある生活」をテーマとしたライフスタイルブランド「SANU」を立ち上げる。第1弾のサービスとして、サブスクリプション方式で自然の中に「もう1つの家」を借りる「SANU 2nd Home(サヌ・セカンドホーム)」を2021年春に開始することを日経クロステックに明かした。同日に発表する。なぜ、新型コロナウイルスの沈静化が見えないタイミングで、「もう1つの家」なのか。サヌ・セカンドホームの具体的な内容とともに詳報する。


 2019年9月、Backpackers' Japanの代表取締役を務めていた本間貴裕は経営幹部に向けて、唐突に辞意を伝えた。

 2010年に20代の4人で立ち上げたベンチャーである同社。そこから10年で、4件のリノベーション・ゲストハウスと1件のリノベーション・ホテルを手掛けてきた。賃貸した物件をリノベーションした後、簡易宿所として登録し、旅行者を対象とした宿として運営するという手法は、そのデザイン性の高さやコミュニティー運営の上手さと相まって、多くのファンを生みだした。本間はその中心にいた。

 経営陣を前に本間は新しい挑戦をしたいと打ち明け、当時COO(最高執行責任者)を務めていた藤城昌人に「次の代表をやってくれないか」と告げた。

 止められるか、叱責されるか、それとも泣かれるか──。実際はそのどれでもなかった。

 「そう言うと思ってたよ」

 創業メンバーを中心とする古くからの仲間たちは、本間の心の変化に気付いていた。いや、うすうす分かっていたのが半分、もう半分は彼らなりの応援の仕方なのだと本間は後になって気付いた。

 気の置けない仲間と、好きな場所で好きなことを自由にやる。Backpackers' Japanの仕事への向き合い方と、「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」という理念を疑ったことはない。ただ、34歳というタイミングは「ある程度の社会的な信頼もできつつあるし、何よりまだ体力がある」という意味で、新しい挑戦へ進むベストな時期に思えた。

 一方の福島弦。マッキンゼー・アンド・カンパニーを飛び出し、2015年から2019年までの全てをラグビーに捧げた。日本初のプロラグビーチームであるサンウルブズの創業メンバーとして参画し、その後は、ラグビーワールドカップを契機にした開催都市などの盛り上げ施策やレガシープラン、世界統括団体であるワールドラグビーとの国際的な交渉などを次々に担当した。

 「ラグビーの聖地」と呼ばれる岩手県釜石市。東日本大震災の被災地に建設された釜石鵜住居復興スタジアムのこけら落としの総括責任者にも自ら手を挙げた。「せっかくスタジアムを作って、W杯だけの一過性で終わらせたくなかった。100年続くスタジアムとして、その最初の日こそ日本ラグビーにとって最重要だと思えた」。苦楽をともにする中で、ラグビーW杯を楽しみに待つ住民が、いつの間にか離れたくない仲間になっていた。

 2019年には日本ラグビーフットボール協会に設置された「BEYOND2019戦略室」の室長に就いた。W杯を基点とし、日本ラグビーの未来に向けた戦略を練った。同年11月、ラグビーW杯は日本のベスト8をはじめ数々の感動を残して幕を閉じた。

 11月16日、釜石。W杯後に始まったジャパンラグビートップリーグの試合を福島は現地で見た。福島なりのけじめをつける旅だった。森に囲まれたスタジアムを埋めた多くの観客の前で、釜石ラグビーの代名詞である大漁旗がはためいた。観客の1人に戻った福島はこう思った。「4年間、夢のような時間を過ごさせてもらった」。でも、迷いなく次の道を歩もうと決めていた。

 その足で、本間と同じく、福島も仲間に“辞意”を伝えた。「実は、ラグビーの仕事をやめようと思っています」

 「ラグビーの仕事を始めてまだ5年だろう。泣くような段階じゃないだろう」。背中を押された気がした。

 本間と福島は、共通の友人を介して2015年4月に出会い、すぐに意気投合した。「一緒に仕事をしよう」。出会った日、本間は福島をこう口説いた。そこから数年、本間は何度も福島をBackpackers' Japanに誘った。2017年、福島は非常勤役員として同社に加わり、事業戦略立案を担当する。

 福島はこう振り返る。「自分はずっと、人々のインフラになるような仕事をしたいと思ってきた。社会構造や生活様式を変えるようなものです。マッキンゼーでエネルギーの仕事をしたのも、ラグビーを通して訴えたかったものもそうでした。ホテルに対しては『ラグジュアリー』という感覚が強かった。ただ、ライフスタイルをひも解いていくと住宅になり、それをある時点で切るとホテルになる、という文脈が見えてきた」

 本間の中にも気持ちの変化があった。それまでの仕事も変わらず好きだったが、「人と自然」というテーマで、よりスケールの大きい仕事がしてみたいと感じるようになっていた。

 そこからさらに2年。本間を誘ったのは、福島のほうだった。「仕事をするなら対等に肩を並べてやりたい」。直接的な勧誘ではないが、言い方を変えれば、Backpackers' Japanの代表と非常勤役員という関係ではなく、2人で新しい会社を立ち上げようという提案にも聞こえる。「戦略立案のプロである福島となら新しい挑戦ができる」。本間もそう思っていた。「社長をやめるから、一緒にやらないか」。2人は新しい会社を立ち上げる決意を固めた。

 新しい挑戦のテーマは「自然とともにある生活」だ。

「いつでも泊まれるセカンドホーム」

 2人を代表取締役とするSANUは、第1弾のサービスとして、サブスクリプション方式で自然の中に「もう1つの家」を借りる「SANU 2nd Home(サヌ・セカンドホーム)」を2021年春に開始する。

(資料:SANU)
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 都心から1時間半で到着できる場所に、SANUがプレファブリケーションによる木造の「セカンドホーム」を建てる。直接基礎ではなく杭基礎を使用するなど、なるべく自然を傷付けず、比較的短期間で自然に戻せる設計を採用。従来工法と比較してCO2排出量を30%削減するという。桐生や秩父、軽井沢、奥多摩、館山、逗子などを拠点として検討している。建築設計は福島県二本松市に拠点を置く建築設計事務所ADXが手がける。

サヌ・セカンドホームのイメージパース(資料:SANU)
サヌ・セカンドホームのイメージパース(資料:SANU)
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サヌ・セカンドホームのイメージパース(資料:SANU)
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 1つの拠点には、10〜20棟を建設する。21年春までに「海と山、最低でもそれぞれ1拠点ずつ開業したい」と本間は言う。

 会員は、今後、全国で展開するSANUのセカンドホームにいつでも泊まることができる。料金は7月15日時点では「月5万円から」としており、詳細プランは決定次第発表する予定。

 ライフスタイルブランド「SANU」は、人と自然が共生する社会の実現を目指して作られた。第1弾としてセカンドホームを選んだのは、新型コロナウイルスによってテレワークやオンライン会議が進み、都心にこだわらずに好きな場所で働くワークスタイルに注目が集まっていることが理由の1つだ。

 サブスクリプション方式の全国泊まり放題サービスには競合が存在するほか、セカンドホームを拠点ごとに新設するには初期投資がかかる。どんなビジネスの利点があるのか。なぜ、本間がBackpackers' Japanで培った都市型ホテルから事業を展開しないのか。次項からは2人のインタビューを掲載する。(ここまで文中敬称略)