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阪神大震災でホワイトウッド集成材が注目を集める

欧州材で集成材をつくり始めた経緯を教えてください。

 1980年代の終わりに欧州の製材工場を訪れ、日本でホワイトウッドと呼んでいるスプルースのことを知りました。植林材で非常に品質がいいので日本に輸入したいと思いましたが、当時は輸送代が高くついて、どうやっても採算が合いませんでした。

 ところが、東西ドイツが統一して、突然チャンスが到来しました。90年からドイツマルクが米ドルに対して下落し、93年には下落幅が3割に達したのです。これなら採算が取れると大急ぎで欧州に渡り、ホワイトウッドのラミナを日本に初めて輸入する取引をまとめ、94年には岡山県真庭市に集成材の柱の製造ラインをつくりました。

 翌95年に阪神大震災が発生し、耐震金物を取り付ける木材としてホワイトウッド集成材の高い品質と強度が注目を集め、需要が急激に高まったのです。

 レッドウッドを使った集成材の横架材は、当社がオーストリアのウィーンに設立した合弁会社で、世界で初めて生産に取り組んだものです。98年に生産を開始しました。欧州の森林にはレッドウッドが大量に植わっていましたが、強度にばらつきがあることを理由に、欧州ではあまり使われていなかった。そこで、部材の強度を自動測定できる米国製のグレーディングマシンを工場に導入し、集成材に加工することでばらつきの問題を解消したのです。

 当時の日本には、ダグラスファー(ベイマツ)を使った集成材の梁(はり)が北米から輸入されていました。品質は良いが12万~13万円/m3と高額だった。そんななか、当社はレッドウッド集成材の出荷価格を8万円/m3に設定したので、飛ぶように売れました。現在は柱と横架材を合わせて、年間30万~35万m3分の集成材を生産しています。

ウッドショックに対応するため、国産材で集成材をつくり始めると聞きました。

 欧州材の集成材の供給が足りない分の一部を補填する緊急措置として、関連会社のくまもと製材(熊本県あさぎり町)と高知おおとよ製材(高知県大豊町)などで生産したスギとヒノキのラミナを使って、2021年6月から集成材の柱を生産しています。既存の取引先に限定して供給するものです。

 当社は08年に熊本県あさぎり町にくまもと製材を立ち上げ、国産材で集成材の柱を生産しようとしましたが、大赤字で断念した経験があります。欧州のようなインフラが国内に整っていないことが根本的な原因でした。

 日本では林業に年間4000億円もの補助金を投入していますが、丸太の生産高は年間2500億円程度にとどまります。国産材が輸入材と競えるだけの価格と品質を備えるには、欧州のような生産性の高い持続可能なインフラの整備が欠かせません。そのための支援の在り方を考え直す必要があるでしょう。

 そもそも欧州には「国産材」という考え方すらありません。木材とは、世界市場で売り買いするものだからです。木材需要が世界的に増していることを商機と捉え、世界市場のなかで日本の木材をどう売るかを考えるぐらいでないと、ますます世界との差は広がってしまいますよ。

 当社も国産材による集成材の本格生産を諦めたわけではありません。横架材については、スギやヒノキだけでレッドウッドと同じ強度を確保するのは困難なので、スギやヒノキとは別の木材を組み合わせることなどにも、取り組んでいくつもりです。

銘建工業の関連会社として、2012年に高知県大豊町に設立された高知おおとよ製材の工場内部。銘建工業ではこの工場などで生産したスギやヒノキのラミナを使って、6月から集成材の柱を生産している(写真:銘建工業)
銘建工業の関連会社として、2012年に高知県大豊町に設立された高知おおとよ製材の工場内部。銘建工業ではこの工場などで生産したスギやヒノキのラミナを使って、6月から集成材の柱を生産している(写真:銘建工業)
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