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ロシアのウクライナ侵攻で浮上した欧州のエネルギー問題は、脱炭素に向けて強化が進む建築物の環境規制に影響を与えそうだ。資材高やサプライチェーンの混乱が欧州の不動産市場にもたらす影響と合わせて、専門家に見立てを聞いた。(聞き手は木村 駿)

三井住友トラスト基礎研究所海外市場調査部の深井宏昭主任研究員。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士課程修了。自治体や民間シンクタンクなどを経て、2019年に三井住友トラスト基礎研究所に入社。専門は欧州を中心とするグローバル不動産市場の分析(写真:本人提供)
三井住友トラスト基礎研究所海外市場調査部の深井宏昭主任研究員。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士課程修了。自治体や民間シンクタンクなどを経て、2019年に三井住友トラスト基礎研究所に入社。専門は欧州を中心とするグローバル不動産市場の分析(写真:本人提供)
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脱炭素が重要テーマとなるなかで起こったウクライナ危機。欧州は住宅・建築物の環境規制で世界に先行してきましたが、こうした流れに与える影響について、不動産の専門家としてどのように見ていますか。エネルギーの「脱ロシア依存」に向けて、脱炭素が加速するという指摘があれば、停滞するとの見立てもあります。

 脱炭素の流れを、化石燃料から再生可能エネルギーに切り替える川上の部分と、エネルギー消費を抑制しようという川下の動きに分けると、英国やオランダで先行している建築物への環境規制や、欧州連合(EU)で導入が検討されている政策は、建築物の省エネ性能を高めることを目的としており、川下部分に当たります。

 ウクライナ危機によって、川上に当たる再エネに関して、どのように政策変更が行われるのかは現時点では判断が難しいのですが、川下の省エネについては資源価格の高騰もあり、規制強化のトレンドが継続されると見ています。「2050年までにネットゼロ」という目標に変化はないでしょうが、資源価格の動向によっては、より厳格な規制を導入する国や都市が出てくる可能性もあります。

 ビル所有者にとっても、エネルギーコストの上昇は利益を圧迫し、利回り低下の要因になります。不動産会社やファンドなどの体力のあるビルオーナーを中心に、将来的な規制強化やエネルギーリスクもにらんで省エネ投資を継続していくのではないでしょうか。環境性能の高いビル、主にオフィスビルには賃料プレミアム(上乗せ)が存在することも、投資を促進する要因になるでしょう。

環境規制で先行する欧州の動向は、日本の政策にどのような影響を与えるでしょうか。日本では、既存の建築物の省エネ対策をいかに進めるかが大きな課題になっています。

 欧州において、建築物への環境規制導入が比較的スムーズに進んでいる要因として、EPC (Energy Performance Certificateの略、エネルギー性能証明書)の存在があります。これは、EUの欧州委員会が02年に制定した建築物におけるエネルギー効率性の改善に向けた指針、EPBD(Energy Performance of Buildings Directive)に基づき考案したもので、建築物のエネルギー性能を高い順にAからGまでの7段階で評価する制度です。

 例えば英国では07年から、住宅を含む建築物にEPC取得を義務づける政策を導入してきました。EPCで「F」と「G」に該当する事業用不動産に対し、新たに賃貸を禁止する規制が始まったのは18年からですが、格付けの前提となるEPCの運用に関しては、そのずっと前から行われてきた歴史があります。

EPCの例。AからGまでの7段階で評価する(資料:英国政府)
EPCの例。AからGまでの7段階で評価する(資料:英国政府)
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 そうした点を踏まえると、全建築物をカバーするような認証体制が構築途上である日本において、欧州同様の規制を実施するには時間がかかるものと思われます。また、築年数の古い建築物が多く、建物ごとのエネルギー効率性の格差が大きい欧州においては規制を厳格化していく必要性が高いのに対し、日本の建築物は比較的新しいものが多く、エネルギーに関する性能差は小さいことから、強い規制には至りにくいともいえるでしょう。

 ウクライナ情勢も影響し、政府は環境規制の導入を検討していることと思いますが、欧州同様の厳しい規制の導入には、省エネ投資が行われない建築物が座礁資産化し、不動産市場がかえって縮小してしまうリスクもあります。規制の導入による便益とコストについて欧州の事例を見ながらしっかりと検証する必要があると考えています。