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 ウクライナ侵攻の推移をデジタル地球儀にマッピングする「ウクライナ衛星画像マップ」。これまでにも戦争や自然災害の記憶を継承し、デジタルアーカイブ化してきた東京大学大学院情報学環・学際情報学府の渡邉英徳教授に、現在進行中の事態を対象とする新たな取り組みについて聞いた。

3Dのデジタル地球儀をプラットフォームに用い、位置や方位にひも付けて情報を表示する。インターフェースとして非常に分かりやすいものになっているのが渡邉さんが手掛けてきた一連のアーカイブの特徴です。今回、これまでのデザインと違う点はありますか?

渡邉 ウクライナ衛星画像マップに関しては、セジウムストーリー(Cesium Stories)をプラットフォームに用い、スライドショー的に順を追って情報を閲覧してもらえるようにしています。

 これまで作成してきたアーカイブは、大量のデータのなかを自らたどってもらう探索型のデザインでした。今回も、自由な探索はもちろん可能ですが、ストーリーテリング要素を加えることで、見やすさと分かりやすさを高めています。そこが違う点です。

 インスタグラム(Instagram)のストーリーに代表されるように、一定の長さがある動画などを受動的に見るスタイルに慣れたユーザーが増えています。そうした傾向に対応し、受容されやすさを考慮しました。ストーリーの順序は時宜に応じていつでも自由に変更できるので、新聞記事やテレビ番組のように構成を工夫しながら更新を続けています。

渡邉教授らが2022年2月25日に開始したアーカイブ活動「ウクライナ衛星画像マップ」。収録点数の増加に伴ってコンテンツの再構成を行い、「マリウポリ衛星画像マップ」(上の画像)など別のセジウム・ストーリー(Cesium Stories)に分岐させている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
渡邉教授らが2022年2月25日に開始したアーカイブ活動「ウクライナ衛星画像マップ」。収録点数の増加に伴ってコンテンツの再構成を行い、「マリウポリ衛星画像マップ」(上の画像)など別のセジウム・ストーリー(Cesium Stories)に分岐させている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ南東部マリウポリ、ロシア空軍による爆撃を受けた市街地の様子。3月14日の画像(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ南東部マリウポリ、ロシア空軍による爆撃を受けた市街地の様子。3月14日の画像(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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ウクライナ衛星画像マップより。1つ上の画像のビューからCesiumのナビゲート機能で視点と角度を変えてみると、複数のマッピングの位置関係が分かる。フォトグラメトリーによる3Dモデル(画面左下)も同じデジタル地球儀上にマッピングされている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。1つ上の画像のビューからCesiumのナビゲート機能で視点と角度を変えてみると、複数のマッピングの位置関係が分かる。フォトグラメトリーによる3Dモデル(画面左下)も同じデジタル地球儀上にマッピングされている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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ウクライナ衛星画像マップより。スライドショー的に順に表示する以外に、任意に「スライド」を選んで直接アクセスも可能。表示しているのは3月31日の画像で、ウクライナ首都キーウ(キエフ)郊外、ブチャの住宅地の様子(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。スライドショー的に順に表示する以外に、任意に「スライド」を選んで直接アクセスも可能。表示しているのは3月31日の画像で、ウクライナ首都キーウ(キエフ)郊外、ブチャの住宅地の様子(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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アーカイブ活動が進展するなかで、マッピングする要素のバリエーションが広がっていますね。

渡邉 そうですね。商用サービスの衛星画像に加えて、ESA(欧州宇宙機関)がオープンデータ化しているSentinel-2の衛星画像などの公共データも3月から使い始めました。

 Sentinel-2は、地球表面の様々なモニタリングのためにマルチスペクトルセンサーを搭載している衛星で、天候の悪い日を除き、観測データをほぼ毎日公開しています。データ取得用のWebアプリケーションが非常によくできており、特定の波長の観測結果を入手したり、画像を重ね合わせたりする処理もオンラインで簡単にできるようになっています。

 さらに、複数アングルの写真や映像から3DCGモデルを生成するフォトグラメトリー技術によるモデルを、マッピング要素に加えています。これは僕自身の活動としては、全く新しいトライアルになっています。

マルチスペクトル画像や火災モニタリングのデータは、戦況の推移を分かりやすく示すものとなっていますね。

渡邉 Maxar(米マクサー・テクノロジーズ)などの衛星画像は各社がいわば「特ダネ」として選び、配信しているものです。一方、Sentinel-2の衛星画像に関しては、日々、取捨選択なしにフラットに公開されていくモニタリングデータから、僕ら自身が発見していく作業が必要になります。これらに加えて、NASA(米航空宇宙局)が公開している赤外線による火災モニタリング「FIRMS」のデータも利用しています。

ESA(欧州宇宙機関)が展開するWebサイト「Sentinel Hub」。ブラウザー上で利用するアプリケーションも提供している。位置情報付きの衛星画像のデータも取得できる(資料:ESA)
ESA(欧州宇宙機関)が展開するWebサイト「Sentinel Hub」。ブラウザー上で利用するアプリケーションも提供している。位置情報付きの衛星画像のデータも取得できる(資料:ESA)
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ウクライナ衛星画像マップより。3月24日の画像で、ESAの地球観測衛星「Sentinel-2」が記録したマルチスペクトル画像に後処理を施し、マップに合成して火災状況を可視化している(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。3月24日の画像で、ESAの地球観測衛星「Sentinel-2」が記録したマルチスペクトル画像に後処理を施し、マップに合成して火災状況を可視化している(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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NASA(米航空宇宙局)が展開する火災モニタリングのWebサイト「FIRMS」。期間を指定し、火災検出スポットの累積を把握できる。時系列で追い掛けると、ロシア軍の侵攻に従って集中攻撃を受けている地区が移動する様子が分かる(資料:NASA)
NASA(米航空宇宙局)が展開する火災モニタリングのWebサイト「FIRMS」。期間を指定し、火災検出スポットの累積を把握できる。時系列で追い掛けると、ロシア軍の侵攻に従って集中攻撃を受けている地区が移動する様子が分かる(資料:NASA)
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ウクライナ衛星画像マップより。NASAのFIRMSから取得した火災検知スポットの3月分の累積画像に後処理を施し、マップに合成して火災状況を可視化している(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。NASAのFIRMSから取得した火災検知スポットの3月分の累積画像に後処理を施し、マップに合成して火災状況を可視化している(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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 このように多元的なデータを入手し、組み合わせてマッピングし始めたことが、今回のアーカイブ活動のブレークスルーになったと思います。こうしてオープンになっているデータを分析すれば、ある程度ですが、戦況の推移を把握できることも分かってきました。

情報デザインを研究されている立場として、可視化技術の進化の影響をどう感じていますか?

渡邉 振り返ってみると、アップデートされたデジタル技術をその都度取り入れながら取り組んできたように思います。

 現在は、フォトグラメトリーと地図データを組み合わせる手法のポテンシャルを実感しています。これまで掲載してきた3Dモデルはウクライナを含む各地のクリエーターや協働者である古橋大地さん(青山学院大学地球社会共生学部教授)の研究室が作成したものですが、自分自身もソフトウエアを入手し、作成を始めました。

ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ北部チェルニーヒウ、3つ星ホテル「ウクライナ」のフォトグラメトリー。3月12日にロシア軍による攻撃で破壊された(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ北部チェルニーヒウ、3つ星ホテル「ウクライナ」のフォトグラメトリー。3月12日にロシア軍による攻撃で破壊された(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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ウクライナ衛星画像マップより。3DモデルとしてCesiumにマッピングされているので、ナビゲート機能を用いれば自由な角度から閲覧できる。元の映像で隠れている箇所などはモデルの精度が落ちる(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。3DモデルとしてCesiumにマッピングされているので、ナビゲート機能を用いれば自由な角度から閲覧できる。元の映像で隠れている箇所などはモデルの精度が落ちる(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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 立体データですから、かつてのQuickTimeVR(注1)などとは違い、「奥に入っていける」空間をそのまま写し取って記録し、発信できます。作成するためのノウハウはもちろんありますが、工程はある程度自動化されているので、労力がかかり過ぎるというわけではない。ドローンなどで現地の様子を記録すれば、半自動でフォトグラメトリーを作成し、ほぼリアルタイムで報道できる時代になっているのです。

注1:米アップル(Apple)が1994年に発表したマルチメディア技術。パノラマ画像を用い、疑似的に空間を体験させるような表現を可能とした。