ウクライナ侵攻の推移をデジタル地球儀にマッピングする「ウクライナ衛星画像マップ」。これまでにも戦争や自然災害の記憶を継承し、デジタルアーカイブ化してきた東京大学大学院情報学環・学際情報学府の渡邉英徳教授に、現在進行中の事態を対象とする新たな取り組みについて聞いた。
3Dのデジタル地球儀をプラットフォームに用い、位置や方位にひも付けて情報を表示する。インターフェースとして非常に分かりやすいものになっているのが渡邉さんが手掛けてきた一連のアーカイブの特徴です。今回、これまでのデザインと違う点はありますか?
渡邉 ウクライナ衛星画像マップに関しては、セジウムストーリー(Cesium Stories)をプラットフォームに用い、スライドショー的に順を追って情報を閲覧してもらえるようにしています。
これまで作成してきたアーカイブは、大量のデータのなかを自らたどってもらう探索型のデザインでした。今回も、自由な探索はもちろん可能ですが、ストーリーテリング要素を加えることで、見やすさと分かりやすさを高めています。そこが違う点です。
インスタグラム(Instagram)のストーリーに代表されるように、一定の長さがある動画などを受動的に見るスタイルに慣れたユーザーが増えています。そうした傾向に対応し、受容されやすさを考慮しました。ストーリーの順序は時宜に応じていつでも自由に変更できるので、新聞記事やテレビ番組のように構成を工夫しながら更新を続けています。
アーカイブ活動が進展するなかで、マッピングする要素のバリエーションが広がっていますね。
渡邉 そうですね。商用サービスの衛星画像に加えて、ESA(欧州宇宙機関)がオープンデータ化しているSentinel-2の衛星画像などの公共データも3月から使い始めました。
Sentinel-2は、地球表面の様々なモニタリングのためにマルチスペクトルセンサーを搭載している衛星で、天候の悪い日を除き、観測データをほぼ毎日公開しています。データ取得用のWebアプリケーションが非常によくできており、特定の波長の観測結果を入手したり、画像を重ね合わせたりする処理もオンラインで簡単にできるようになっています。
さらに、複数アングルの写真や映像から3DCGモデルを生成するフォトグラメトリー技術によるモデルを、マッピング要素に加えています。これは僕自身の活動としては、全く新しいトライアルになっています。
マルチスペクトル画像や火災モニタリングのデータは、戦況の推移を分かりやすく示すものとなっていますね。
渡邉 Maxar(米マクサー・テクノロジーズ)などの衛星画像は各社がいわば「特ダネ」として選び、配信しているものです。一方、Sentinel-2の衛星画像に関しては、日々、取捨選択なしにフラットに公開されていくモニタリングデータから、僕ら自身が発見していく作業が必要になります。これらに加えて、NASA(米航空宇宙局)が公開している赤外線による火災モニタリング「FIRMS」のデータも利用しています。
このように多元的なデータを入手し、組み合わせてマッピングし始めたことが、今回のアーカイブ活動のブレークスルーになったと思います。こうしてオープンになっているデータを分析すれば、ある程度ですが、戦況の推移を把握できることも分かってきました。
情報デザインを研究されている立場として、可視化技術の進化の影響をどう感じていますか?
渡邉 振り返ってみると、アップデートされたデジタル技術をその都度取り入れながら取り組んできたように思います。
現在は、フォトグラメトリーと地図データを組み合わせる手法のポテンシャルを実感しています。これまで掲載してきた3Dモデルはウクライナを含む各地のクリエーターや協働者である古橋大地さん(青山学院大学地球社会共生学部教授)の研究室が作成したものですが、自分自身もソフトウエアを入手し、作成を始めました。
立体データですから、かつてのQuickTimeVR(注1)などとは違い、「奥に入っていける」空間をそのまま写し取って記録し、発信できます。作成するためのノウハウはもちろんありますが、工程はある程度自動化されているので、労力がかかり過ぎるというわけではない。ドローンなどで現地の様子を記録すれば、半自動でフォトグラメトリーを作成し、ほぼリアルタイムで報道できる時代になっているのです。
注1:米アップル(Apple)が1994年に発表したマルチメディア技術。パノラマ画像を用い、疑似的に空間を体験させるような表現を可能とした。