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 衛星画像や、複数の写真から立体モデルをつくるフォトグラメトリーを活用し、ウクライナ侵攻の推移を即時的にデジタル地球儀にアーカイブしていく「ウクライナ衛星画像マップ」。オープン化されたプラットフォームやデータを活用し、地理にひも付けられた情報として新たな伝え方を開拓する、東京大学大学院情報学環・学際情報学府の渡邉英徳教授に聞いた。

スマートフォンでも空間のスキャンやフォトグラメトリー作成ができるところまで3D技術が達しました。

渡邉 フォトグラメトリーの被写体は地球上のどこかにあるものですから、当然、位置情報にひも付けられています。それを速やかに3D地図上にキュレーション(収集・選別・編集・公開)することが可能になってきたということです。

 解像度が飛躍的に上がったとはいえ、衛星画像はやはり平面的です。フォトグラメトリーの3Dモデルであれば、破壊された建物や乗り物の中に入り込んでいける。過去の資料をマッピングしていくアーカイブとは違い、被害状況を記録してほぼリアルタイムに発信することになります。見る人の感覚に強烈に訴えるものです。戦況を伝える情報としての力強さがあります。

ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ首都キーウ(キエフ)近郊、イルピンの橋梁のフォトグラメトリー。ロシア軍の侵攻を食い止めるためにウクライナ側が破壊したものと推測されている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ首都キーウ(キエフ)近郊、イルピンの橋梁のフォトグラメトリー。ロシア軍の侵攻を食い止めるためにウクライナ側が破壊したものと推測されている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ首都キーウ(キエフ)近郊、イルピンの橋梁のフォトグラメトリー。1つ上の画像のビューに続いて表示される別アングル。3Dなので自由に回り込んで閲覧することもできる(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ首都キーウ(キエフ)近郊、イルピンの橋梁のフォトグラメトリー。1つ上の画像のビューに続いて表示される別アングル。3Dなので自由に回り込んで閲覧することもできる(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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オープン・ソース・インテリジェンス(OSINT)の報道利用を、「オープン・ソース・ジャーナリズム」「オープン・データ・ジャーナリズム」などと呼ぶようになっています。その領域を開拓していることになりますね。

渡邉 意識していたわけではありませんが、いつの間にかそうなってきました。

 ただし、僕自身は国際政治や国際紛争の専門家ではありません。ですから、個々のマッピング要素に「所見」は加えず、場所・出典などの最低限の記述のみ付けるようにしています。ストーリーテリング(物語の伝え方)に関しては、文字ではなく、スライドの構成とデザインそのものでメッセージを表現するように心がけています。この姿勢が奏功し、意見の対立を生んだり、無用な「炎上」に巻き込まれるのを避けることができているように思います。

 最近、フェイスブック(Facebook)のあるコミュニティーに「ウクライナ衛星画像マップ」に関して投稿してみました。好反応ではあったのですが、結果的に、ウクライナのユーザーとロシアのユーザーがコメント欄で攻撃し合う状況になってしまいました。自分自身は攻撃されなかったのですが、戦争について情報発信することの難しさを感じました。とはいえ、著名なOSINTチームの「べリングキャット(Bellingcat )」からリツイートされるようになったりと、今回の僕らの取り組みは、各国の人々からおおむね好意的に受け止められつつあると感じています。

 協働している古橋大地さん(青山学院大学地球社会共生学部教授)がデータベースを整備してWeb公開しているので、アーカイブされているデータはオープン化されており、自由にダウンロードできます。これらを使い、僕らとは異なる目線で独自に検証してもらうこともできると思います。ドイツの報道機関「ディー・ツァイト (Die Zeit) 」からは、マリウポリのデータ利用の申し出があり、提供を始めています。

使用しているソースは限定的なものですから、情報を受け取る側のリテラシーも必要になります。

渡邉 僕らが用いている衛星画像は、いずれもロシアとは対立関係にある米国の企業や欧州の研究機関によるものです。したがって「ウクライナに都合の悪い」データは出てこないかもしれませんし、わざわざ出さないかもしれません。いずれにしても、入手できるデータから見えてくるものは、あくまで一部でしかないことは踏まえておくべきかと思います。

ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ東部ドニプロ、ロシア軍による砲撃を受けて完全に破壊されたと伝えられるドニプロ国際空港。4月10日の画像で、提供元である米ブラックスカイ(BlackSky)は、上の画面のように破壊前の様子を組み合わせて配信している(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ東部ドニプロ、ロシア軍による砲撃を受けて完全に破壊されたと伝えられるドニプロ国際空港。4月10日の画像で、提供元である米ブラックスカイ(BlackSky)は、上の画面のように破壊前の様子を組み合わせて配信している(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナには「360 photographer」として360度パノラマ写真によって現地の様子を伝えるニコライ・オメルチェンコ(Nickolay Omelchenko)氏がいる。同氏のWebサイトとも連携する格好になっている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナには「360 photographer」として360度パノラマ写真によって現地の様子を伝えるニコライ・オメルチェンコ(Nickolay Omelchenko)氏がいる。同氏のWebサイトとも連携する格好になっている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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持てる技術を駆使し、社会のなかで役割を果たしたい

現在進行中の戦争の状況をアーカイブする活動のなかで、情報デザインや関連する可視化技術の用い方に関して見方は変わりましたか?

渡邉 2010年代前半、「ヒロシマ・アーカイブ」や「ナガサキ・アーカイブ」が評価されたのは、グーグルアース(Google Earth)やセジウム(Cesium)のようなデジタルアース(デジタル地球儀)に、「こんな活用法があるんだ」という驚きを提供できたからかもしれません。

 3Dマッピングやジオリファレンス、フォトグラメトリーは個別に見ればこなれた技術で、その取り扱いは僕や古橋さんにとっては手慣れたものです。ソフトウエアも整備されており、プログラミング技術もほぼ不要ですし、もっぱら手作業です。しかし、それらを組み合わせることで斬新な表現が可能になった。そのことが、多くの方々の関心を引き付けているように思います。

ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ南東部マリウポリ、市街地の様子(上の画像)から段階的にズームバック(下3点の画像)。個別の画像だけでは読み取りにくい地理的な位置付けが分かりやすく可視化されている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。ウクライナ南東部マリウポリ、市街地の様子(上の画像)から段階的にズームバック(下3点の画像)。個別の画像だけでは読み取りにくい地理的な位置付けが分かりやすく可視化されている(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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ウクライナ衛星画像マップより。1つ前の画像から、さらにズームバックした状態。「デジタルアース」「デジタル地球儀」などと呼ばれるプラットフォームのうち、オープン化されてるCesiumにマッピングしている。標準化されたファイル形式「KML」を用いているので、グーグルアース(Google Earth)などにもコンテンツの「転載」は可能(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
ウクライナ衛星画像マップより。1つ前の画像から、さらにズームバックした状態。「デジタルアース」「デジタル地球儀」などと呼ばれるプラットフォームのうち、オープン化されてるCesiumにマッピングしている。標準化されたファイル形式「KML」を用いているので、グーグルアース(Google Earth)などにもコンテンツの「転載」は可能(資料:Satellite Images Map of Ukraine)
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 いきなり始めたことで、アプリケーション開発に時間をかけられませんでしたから、いわば既製品であるCesiumのストーリーテリング機能を使いました。しかし、マッピングする要素が多岐にわたってきたので、単線的なストーリーテリングでは表現しきれないところもあります。改めてオリジナルのWebアプリケーションをつくる必要があるかもしれません。これは今後の課題です。