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 ネアンデルタール人のDNA配列の解読に初めて成功するなど、「絶滅したヒト科のゲノムと人類の進化に関する発見」に貢献し、2022年のノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーボ氏。同氏は2月1日、岸田文雄首相を表敬訪問した。マックス・プランク進化人類学研究所所長を務めてきた同氏が非常勤教授として在籍し、その研究環境を高く評価するのが沖縄科学技術大学院大学だ。

 同氏のノーベル賞受賞などを機に、研究機関としての同大学院大学の存在に注目が集まっている。開学から10年ほどしかたっていないものの、英シュプリンガー・ネイチャーが2019年に発表した「質の高い論文数ランキング」では、東京大学や京都大学をしのぐ世界9位の研究機関に位置付けられた。日本国内では最高位だ。

 高い成果を上げている背景には、政府の沖縄振興予算などに支えられた潤沢な運営費がある。だが、それだけではない。研究者にとって魅力的な空間の存在も無視できないからだ。以下に設立から1年弱、第1期生の入学間もない12年に、筆者が同大学院大学の施設をリポートした記事を紹介する。質の高い研究が生まれる理由を施設にも見いだせるはずだ。


沖縄県恩納村。学術分野では世界で無名の場所に、国内外の頭脳を集めた研究施設が開設された。異分野の研究者同士の交流と研究者が過ごしやすいと感じられる空間を、これまでにないレベルで追求している。

 国内外から一流の研究者を集める──。そんな高い目標を掲げて設計・建設された研究・教育施設がある。沖縄科学技術大学院大学(以下、OIST)だ(写真1-1)。2012年6月に2棟目の研究棟が完成し、9月に第1期生が入学した。センター棟と2つの研究棟を中心とした、生命科学や環境、物理といった分野の研究に注力する施設だ。

写真1-1 屈指のリゾートに知の拠点
写真1-1 屈指のリゾートに知の拠点
沖縄県恩納村に整備された沖縄科学技術大学院大学。2012年6月に2棟目の研究棟(写真右奥)が完成し、同年9月に第1期生が入学した。研究棟1と研究棟2、センター棟の建築に投じた費用は、設計料を合わせて244億円(写真:日経アーキテクチュア)
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 OISTのジョン・ディキソン副学長は、真新しい施設を案内しながらこう言って胸を張った。「世界レベルで成果を上げている研究者に、教員として来てもらいたかった。彼らに施設を見てもらったところ、施設自体の評価は高かった。優れた研究者を集められた一因はここにあるだろう」

 沖縄県内で屈指のリゾートである恩納村の小高い丘にキャンパスは位置する。その丘と一体となってたたずむ建物には、従来の日本の研究施設には見られない、研究者の意欲向上や成果につながりそうな工夫を随所に盛り込んだ。施設の設計を担当したのは、プロポーザルコンペで選定された日建設計/コーンバーグ・アソシエイツ/国建共同体だ。

 高い研究成果を実現するために取り入れた工夫の一つが、研究者間の交流を促すための仕掛けだ。大学をはじめとする一般的な研究施設は、学部や学科といった組織の枠で施設が区切られ、異分野の研究者が顔を合わせる機会が限られる。一方、現在の科学技術は、複数領域の研究を組み合わせることで新しい発見に結び付くケースが多くなった。

 米国を中心に世界各国で約600件の研究施設の設計を手掛けてきたコーンバーグ・アソシエイツ代表のケン・コーンバーグ氏は、学校から企業まで30件ほどの日本の研究施設を見て回った。「日本の研究施設を訪れて感じたのは、隔離されている印象と、若い人が自由に意見を言いにくい雰囲気」。いずれも、複数のアイデアを用いて新たな革新を生み出す行為を阻害する要因だ。