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 建築設計者が、公共施設で基本計画から完成まで一貫して1つの学校に関わり続けるのは長野県では初めての試みだ。全国的にみても珍しい。「長野県スクールデザインプロジェクト」(以下、NSDプロジェクト)という取り組みだ。長野県が、学校改革を進めるために立ち上げたNSDプロジェクトを進めるに至った背景をリポートする。

 長野県教育委員会は、2013年から新たな高校の在り方について検討を開始。17年に「学びの改革 基本構想」で全県の高校の在り方に係る基本理念や方針を提示した。その後、各地域で懇願会などを開催して議論を深め、18年3月に「高校改革~夢に挑戦する学び~実施方針」で、新たな学びの推進と高校の再編と学校整備計画を具体的にまとめた。

 県教育委員会は、「学び」と共に「学校空間」も改革するため、「県立学校学習空間デザイン検討委員会」(以下、検討委員会)を18年8月に設立。様々な分野の専門家を集めて議論を行った。

 検討委員会の要となる委員長に選んだのは、赤松佳珠子法政大学教授・シーラカンスアンドアソシエイツ代表取締役だ。長野県立大学施設整備事業のプロポーザルで審査委員を務めたことで県教育委員会と縁があり、小学校などでの設計実績を踏まえた人選だった。

 赤松氏はあくまで建築設計者であるから、と検討委員会への参加を一旦断った。しかし、県教育委員会の担当者が何度も赤松氏の元を訪れて説得。赤松氏は長野県が取り組もうとしている学校改革への関心が強くなり、委員となることを承諾した。

赤松佳珠子法政大学教授・シーラカンスアンドアソシエイツ代表取締役。長野県教育委員会の「県立学校学習空間デザイン検討委員会」委員長と、NSDプロジェクトのプロポーザル審査委員長を務める(写真:日経クロステック)
赤松佳珠子法政大学教授・シーラカンスアンドアソシエイツ代表取締役。長野県教育委員会の「県立学校学習空間デザイン検討委員会」委員長と、NSDプロジェクトのプロポーザル審査委員長を務める(写真:日経クロステック)
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 赤松委員長は、1回目の検討委員会で当時の教育長に対し、「検討委員会で報告書をつくって、それだけで終わってしまう例は少なくない。学校の空間を変えるためには、教育委員会や営繕部局だけでなく、財政部局など県庁全体で、横断的に取り組まなければならない。その覚悟をお持ちですか?」と問い掛けた。教育長は「県を挙げて全面的に改革していく」と力強く応えたという。

 検討委員会では18年8月から20年3月にかけて、学校施設の課題と整備の方向性や、地域と共生する学校の在り方、具体的な整備手法、これからの学校に必要な施設整備などを検討。20年8月に報告書として「長野県スクールデザイン 2020」(以下、NSD)をとりまとめた。

 NSDプロジェクトの最大のポイントは、基本計画段階から基本設計、実施設計、工事監理まで一貫して同じ建築設計者が関わり続けることである。基本計画段階における与条件の整理は建築プロジェクトにおいて最も本質的な部分だ。その段階で建築設計者が関わるか否かで完成する建築が大きく変わる。

 赤松氏は、「基本計画段階で建築設計者を選定することで、地域との関係づくりや丁寧なプログラムづくりができるようにしたいと考えた。これをNSDに盛り込めたことに特に意義を感じている」と話す。

学校建築プロジェクトにおける一貫性について。「長野県スクールデザイン 2020」で設計者が計画から完成まで関わることの重要性を示した(出所:「長野県スクールデザイン 2020」から)
学校建築プロジェクトにおける一貫性について。「長野県スクールデザイン 2020」で設計者が計画から完成まで関わることの重要性を示した(出所:「長野県スクールデザイン 2020」から)
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 県教育委員会は検討委員会の意見を踏まえ、施設整備に丁寧に向き合う力のある建築設計者を中心とした専門家チームが、継続して1つの学校に関わることが重要だと考えた。検討会で新しい試みについて議論が進む中、県教育委員会事務局は県庁内での調整に奔走した。県教育委員会の前教育長原山隆一氏は、検討委員会の報告書であるNSDの「あいさつ」の中で、「1つの回答へと導く教育から、子どもたちが自ら問いを立て、他者と協力して納得解を見いだせるような学びへの転換が必要だ」と語っている。

 建築設計者が関わり続けるためには課題があった。原則、公共施設の整備では各段階で競争入札などを実施し、設計者が途中で変わることも少なくない。一貫して関わるには随意契約を続けることが必要となる。県教育委員会事務局高校教育課施設係の塩川直主査は、「大枠での進め方は、県会計局の契約・検査課と相談した。調整が必要な部分も多く、1つ1つ乗り越えて整備を続けている状況だ。フェーズごとの随意契約が必要である理由を明確にし、対外的に説明できるようにしていきながら進めていく」と話す。