非常にシンプルな舞台に登場した1人の男性ダンサー。彼の周囲には見たことがない形の装置が幾つか置かれている。下の写真のダンサーが何をしているのか、読者の皆さんは分かるだろうか。
実はこれ、フラメンコの公演である。筆者を含めて、ほぼ全ての人が思い描くフラメンコのダンス風景とはあまりにもかけ離れている。写真だけ見せられて、フラメンコと答えられる人は少ないはずだ(フラメンコが好きな人で特徴的な靴の形に気が付けば、フラメンコと思えるかもしれない)。フラメンコの本場スペインでも、このような公演を目にしたことがある人はいない。
ステージに立つのは、欧米では「天才」と称される有名なフラメンコダンサーであるイスラエル・ガルバン氏。スペイン・セビリアのフラメンコ一家に生まれ、幼少期からフラメンコに触れて育ったガルバン氏は、生粋のダンサーである。
そんな彼は今、「フラメンコの革命者」と呼ばれている。従来なかったテーマを踊りに取り入れたり、さまざまな表現方法を織り交ぜたりして、フラメンコの新たな境地を切り開いている。そんなガルバン氏が今回挑んだのが、彼自身の動きを学んだAI(人工知能)に基づいて動く機械たち(ロボティクス)との競演だ。
過去には猫と競演したこともあるというガルバン氏だが、AIと一緒に踊るのは初めて。しかも相手は自分の「分身」のような機械である。
公演をガルバン氏と共同制作したのは、山口市にある「山口情報芸術センター(YCAM=通称ワイカム)」。YCAMは2003年の開館以来、一貫してメディア・テクノロジーを用いた新しい表現を追求してきた。
そんなYCAMがガルバン氏にAIとの競演を持ち掛け、2年越しのトライアルを経て実現にこぎ着けた演目である。2019年2月2~3日の2日間、YCAMの会場で世界初公演が開かれた。
タイトルは「Israel & イスラエル」。前者のアルファベット表記はガルバン氏本人を指し、後者のカタカナは日本で生まれた「AIの和製ガルバン」を意味している。
「フラメンコダンサーとAIの競演を見に来ませんか?」。筆者はYCAMから招待され、山口を訪れた。筆者に声が掛かったのは、2018年末に機械学習を用いたダンス公演の記事を執筆したからである。
ただし、今回の公演がどんなものなのかイメージできないまま、出向くことになった。天才ダンサーとAIの競演とは聞いていたが、それがどんなものになるのかよく分からない。ガルバン氏とAIを搭載した人型ロボットまたは足型ロボットが一緒に踊るのか、それともバーチャルなAIダンサーがスクリーンに映し出されるのか。想像できなかった。