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 ステージではガルバン氏の即興的な舞いが生まれ、その動きがまたサパテアードの生成モデルに反映されていく。機械学習のループがぐるぐる回り続ける。こうしてIsraelとイスラエルが互いに刺激し合いながら、伝統的なフラメンコのダンスを拡張していくのである。

 それはつまり、天才と呼ばれるパフォーマーの拡張ともいえる。そして拡張のきっかけを与えるのは、ガルバン氏自身の動きを学習したAIなのだ。

AIとの競演で、誰も見たことがない新しいフラメンコを生み出す
AIとの競演で、誰も見たことがない新しいフラメンコを生み出す
(出所:山口情報芸術センター)
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不完全さを面白がって刺激を受ける

 機械学習の経験が長い徳井氏はサパテアードの生成に着目すると同時に、「ガルバン氏と完全に同じものをつくるのは難しい」と見抜いた。だから今回の競演では「不完全なAIが繰り出すリズムや音をガルバン氏が面白がり、そこから新たな刺激やインスピレーションを得て、ガルバン氏のダンスが拡張されていくことを狙った」(徳井氏)。

 まさに即興ダンス。そもそもフラメンコとは、そういう踊りなのだという。

 フラメンコは通常、ダンサーの他に歌とギターの3つの要素で成り立っている。3者がそれぞれのパフォーマンスに影響を受け合い、アウトプットを自在に変えていく。それがフラメンコの醍醐味だ。「その場のノリ」と表現することができるのかもしれない。

 ただしフラメンコは12拍のリズムをベースにしており、そこだけはぶれない。まして人同士なら、3者は即興でもコミュニケーションを取り合える。

 では、AIはどうか。AIはガルバン氏の足のステップを学んで競演するわけだが、徳井氏も指摘するように(現時点では)完全に同じものにはなれない。

 ところがガルバン氏は「愚かなAI」をむしろ面白がってくれて、パートナーであり自分の分身でもあるAIに「ベティ」という名前まで付けた。徳井氏は「これならいけると思えた」と明かす。

 昨今のAIブームで多くの人がAIに期待するのは、人と同等もしくはそれ以上のことを人の代わりにこなしてくれることである。だが天才ダンサーをAIで再現できるほどのレベルには、まだ達していない。体の動きや五感の再現は、AIにとってはまだまだこれからの領域である。

 だが不完全なAIは、時に人の想像を超えた意外な反応を返してくることがある。ガルバン氏がそれを楽しんでくれたので、公演が成立した。

 実は徳井氏には同じような経験がある。過去に「AI DJ」を開発したことがあり、そのときは自分自身の選曲パターンをAIに学習させて、人のDJとAI DJが交互に音楽をかけ合う「Back to Back」(会場の雰囲気に合わせてAIが選んだ曲に呼応するように、自分が次の曲を選ぶことを繰り返す)を実践している。

 だがAIが選んでくる曲が何となく想像できてしまい、「面白みに欠けた」という。自分の選曲パターンが教師データなのだから、当然そうなってくる。

 それよりも音楽のジャンルを完全に無視して、曲調が似たものをAIが選んでくるように学習内容を変えたところ、ジャズの次にロック、ポップスといったように「そう来たか」と驚かされることが多かった。そんなAIの選曲に自分がどう応えていくかのほうが、DJをしていて面白かったという。その経験が生かされた。

 イノベーションは異なるジャンルの組み合わせから生まれると、よくいわれる。ガルバン氏のようにフラメンコを極めた人がさらなる高みを目指そうとしたとき、インスピレーションの源泉になるのは予想がつかない反応なのかもしれない。AIは自分自身でありながら、どこかずれたり揺らいだりしている。そこにガルバン氏は競演する意義を見いだした。

ガルバン氏は、自分の分身でありながらどこかずれたり揺らいだりしている不完全なAIの機械に、逆にインスピレーションを受けた
ガルバン氏は、自分の分身でありながらどこかずれたり揺らいだりしている不完全なAIの機械に、逆にインスピレーションを受けた
(出所:山口情報芸術センター)
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