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 「もしも何か特定のスキルセットこそ、自分と切り離せないものだと考えているならAIは脅威となるでしょう。『この仕事のこの技術こそ、自分である』、それがプログラミングであれ、文章を書くことであれ、データ分析をすることであれ、何らかのスキルセットを重視している場合、ロボットは仕事を奪い去る敵となり、不安が生まれます」

 『オードリー・タン 自由への手紙』(講談社)という本に出てきた一節である。台湾のデジタル担当政務委員(デジタル担当大臣)であるオードリー・タン氏へのインタビューをまとめた同書には「スキルセットから自由になろう」という章があり、そこでタン氏は冒頭のように述べていた。

スキルセットへの不安

 この本を読んだのは2020年だが、それ以降スキルセットのことが気になっていた。例として挙げられた「文章を書くという特定のスキルセットこそ、自分と切り離せないものだと考え」、「記者や編集者の仕事の執筆・編集技術こそ、自分である」と思ってきたからだ。

 身も蓋もないことを書くと、同じく例に出されているプログラマーやデータサイエンティストの方々が仮に人工知能(AI)やロボットに仕事を奪い去られたとしたら、それについて何か報じるだろう。だが、自分の仕事が無くなるのは困るし、そんな原稿は書きたくない。そのときはAIが書いているのだろうが。

 現在は大臣だがタン氏自身、ばりばりのプログラマーであり、AIを使うエンジニアであり、スキルセットの塊に見える。2020年来、タン氏の活躍についてはテレビ、新聞、雑誌、Webなど様々なメディアで報じられているし、タン氏は多くのオンラインイベントに登壇していたので、発言を見聞きされた方も多いはずだ。

 12歳からPerlを学び、プログラマーとして鳴らし、スタートアップ数社を設立した後、19歳のときに米シリコンバレーに渡って起業。その会社を売却後、2014年から米アップルでSiriのプロジェクトに協力し、2016年10月からデジタル担当政務委員になった。

 そうした経歴を持つにもかかわらずタン氏は冒頭の発言に続いて次のように述べていた。「私自身にスキルセットはありません。だから少しも心配していないのです。どうしても心配になったら、のんびりと山に登りながら、考えてみるといいのではないでしょうか」

 タン氏は何を言いたいのか。「のんびりと山に登りながら考えてみる」心境にはまったくならないのでタン氏の自著『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)を読み、スキルセットに関するタン氏の考えを調べてみた。

 その結果を日経クロステック読者からの質問に応える形で紹介する。2020年末、読者の方々に依頼し、オードリー・タン氏への質問を寄せていただいた。芥川賞作家の上田岳弘氏がタン氏と対談することになり、上田氏から「クロステック読者の皆さんからも質問をいただこう」と申し出があったからだ。

 申し訳ないことに対談時間の制約から読者からの質問をすべてタン氏に聞くことはできなかった。スキルや教育への質問は色々いただいたので、その中から5点を選び、タン氏の自著から回答を探し、まとめてみるのでお許しいただきたい。