「100倍できるエンジニア」というと、いかにも大げさな印象を受けるだろう。しかし100倍という数字はあり得ないわけではない。ある業務を処理する情報システムを設計・開発するとしよう。顧客から業務要件を聞いて「それならデータの構造をこうすればうまく処理できる」と考え、データモデルを設計して開発支援ツールを有効活用する場合と、聞いた業務要件をうのみにして手作業でプログラミングをした場合を比べたら、設計・開発の総工数に100倍以上の差が出てもおかしくはない。
前者の顧客は「なるほどこうすればいいのか。まさにこういうシステムが欲しかった」と反応するだろう。後者だと「こんなシステムを頼んでいない」と顧客が言い出し、延々と作り直すことになりかねない。
さてここで問題にすべきは「できるエンジニアにできないエンジニアより高い報酬を払う」ことができるかだ。顧客から見た課題は2点ある。できるエンジニアをどうやって見つけるのか。見つけられたとして他のエンジニアより高く報酬を払えるのか。
できるエンジニアをどう見つけるのか
前者についてはよく、「1人で設計・開発するわけではなく、チームで仕事をするのだから個々のエンジニアに高く報酬を払うこと自体に意味がない」と反論される。
では「できるエンジニアチームにできないエンジニアチームより高く報酬を払おう」と言い直そう。こうしても「できるエンジニアチームをどう見つけるのか」という課題は変わらない。
ある程度の事業規模の企業であれば、過去に設計や開発を依頼したIT企業や担当したエンジニアチームの仕事を評価し、記録に残しているはずだ。だがその情報は仕事を頼んだIT企業についてであって、付き合いがないIT企業については分からない。情報システム部門の担当者が他社のシステム担当者に「いいエンジニアを知らないか」と聞くことはあるだろう。しかし紹介してもらえるとは限らない。
この課題に関して「オーディション方式」という提案がある。発案者は日経クロステックに『本音で議論、企業情報システムの「勘所」』を連載しているIT勉強宴会の渡辺幸三副理事長である。オーディション方式を公共調達制度の中で実施するための案を情報政策研究者の岩崎和隆氏が先日寄稿していた。
関連記事: 「その手があったか!」、プロジェクト完遂の確実性を手にする新手法オーディション方式について渡辺氏の提案は次のようになる。同氏がブログ『設計者の発言』に2018年2月投稿した「業者の設計スキルをハダカにする」から、かいつまんで引用する。
狙い:IT企業の設計スキルは空洞化しつつあるがそれでも的確な設計をやれる数少ない技術者が開発専業のIT企業にいる。その技術者を探し出して起用する。
やり方:A4数枚程度のRFP(提案依頼書)を渡し、その場で2~3時間をかけてシステムを設計・開発してもらう。持ち帰りはさせない。
評価:できあがったシステムを操作し、RFPで示した業務要件にシャープかつエレガントに応えているかどうかを判断する。
このやり方で評価できる理由を渡辺氏は次のように説明している。
- 数枚のRFPという、わずかな手がかりから実際に動作するシステムを設計・開発できるかどうかで、幅広い業務知識と想像力や創造性の有無を判断できる。
- データモデルや仕様書の様式を見れば複雑膨大な設計情報をどう管理するのかが分かる。
- ツールなどを駆使して短時間で動くシステムを開発できるかどうかも見極められる。
岩崎氏の寄稿への質問や意見がIT勉強宴会に寄せられたこともあり、佐野初夫理事長は今後オーディション方式を試行し、以下の点を検証していくそうだ。「数枚のRFPの内容をどの程度にするか」「良い悪いは操作した際の感覚で判断してよいのか。判断基準を作れるのか」「データモデルの出来栄えを顧客側で判断できるのか」などである。