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国産クラウドは米国クラウドに歯が立たない

 このように自国民のデータを自国の企業に委ねるのは当然なのだが日本においてはなかなか難しい問題がある。AWSなど米国のパブリッククラウドの実力がずぬけており、日本のクラウド事業者と差があり過ぎることだ。2021年10月にデジタル庁がAWSとGoogleを選んだときの調達に日本企業は応札できなかった。

 ⽇経クロステック/日経コンピュータの玄忠雄記者が報じたところによると「調達先に求めた約350もの技術的要件には(中略)業界リーダーであるAWSなどの現仕様をそのまま複製したように見える要件もある」。具体的には「アーカイブストレージやオブジェクトストレージに、9が11個並ぶイレブンナイン(99.999999999%)という『耐久性』を求めた。(中略)実はこの耐久性は、AWSのオブジェクトストレージ『Amazon S3』の設計と一致する」

「複製したように見える」というより複製そのものである。

 AWSの仕様を複製されてしまうと日本企業は追いつけず応札できない。技術的に優れたものを選んだだけとデジタル庁は言うのかもしれない。それに対して「たとえ現状の技術では遅れていても日本企業のクラウドを選び、育成していくことが国策」と言い返したくなる。

 とはいえ「国産クラウドの育成が国策、などという時代ではない」と突っぱねられるかもしれない。次のような歴史があるからだ。

 いきなり昔に戻るがメインフレーム(大型汎用機)を日本の官公庁や企業が使い始めた当時、日本政府は富士通や日立製作所の国産メインフレームを使い、米IBMや米スペリーがつくったメインフレームを使わなかった。さらに民間企業に対して国産メインフレームを使うように行政指導をした。

 こうして富士通や日立はコンピューター事業を伸ばすことができたが、富士通はメインフレームの製造を打ち切ると報じられており、日立はIBMからメインフレームのプロセッサーを調達している。育成しても駄目だった、クラウドだって同じことになる、と言われかねない。

 国産の育成が国策と言いにくい雰囲気もある。また昔に戻るが2003年5月、『富士通の危機は日本の危機』という題名の記事を公開し、その中で次のように書いた。

 「国家安全のことまで考えると富士通の存在は重要である。もはや、自力でプロセサとOSを開発・製造・維持できる日本企業は富士通しかない。最近、『ブラックボックスの海外製OSを使うのはいかがなものか』という意見が出ている。仮にこの意見を認めるとすると、プロセサについても同様の意見が成立するのではないか」

 当時、この記事はとても評判が悪かった。海外製のOSとプロセッサーを使ってもシステムの設計や運用次第で重要な日本のデータを守れる、国家安全を持ち出すなど笑止、といった批判もあった。

関連記事: 富士通の危機は日本の危機

 さらにクラウドに関して国産クラウド企業の行動には情けないものがあった。CLOUD Actを持ち出し、AWSなど米国クラウドの利用を検討している日本企業に「米国のクラウドは危険、安全なのは我々国産のクラウドです」とささやいてきたからだ。ひょっとするとデジタル庁は国産クラウド企業のふがいない姿勢に立腹し、「まず技術を確立せよ」と叱りつけるために「AWSの仕様を複製」した条件でガバメントクラウドの調達をしたのかもしれない。

技術ではなく政策で判断を

 しかしそれでも、日本国民のデータをクラウドに載せたいなら、どうしても国産クラウドに載せなければならない。これは技術論ではなく政策論である。

 CLOUD Actがある以上、米国企業のパブリッククラウドに日本国民のデータを載せてはまずい。何を言い出すかと思われるかもしれないが「米国と日本が戦争をしたら別」と先に書いた通りで、政府は最悪の事態を考えておく必要がある。

 国家安全を持ち出して笑われた上記の拙文を書いてから19年たった今、経済安全保障が重要課題になっている。国産クラウドを育成し、技術力を高めておくことは経済安全保障の一環と言える。これまた技術論ではなく政策論である。たとえ国産クラウドの技術が現状では遅れていても、保護し育成したとして国産メインフレームのような末路を迎えるかもしれないとしても、である。

 幸い、デジタル庁はマルチクラウドを方針として掲げている。扱うデータをよく見て、どのクラウドを利用すると使い勝手やコスト、リスクがどうなるかを吟味することになる。国家機密や国民データは国産クラウド(パブリッククラウドにこだわることはない)に置き、仮名加工や匿名加工したデータを米国のパブリッククラウドで処理する、といった使い分けができるだろう。

 日経クロステックによるとガバメントクラウドの「調達に関わったデジタル庁の担当参事官は『2022年度の調達では、より多くのベンダーが応募して選択肢が増えることを期待したい』と調達結果を踏まえて語った」という。

 2022年度の調達はまもなく公告される。デジタル庁は日本政府の一員としてどのような政策を打ち出すのか。引き続き「AWSの仕様を複製」した条件を出すなら、クラウドの戦いで米国に負けた“デジタル敗戦”を認め、国民データを米国企業に委ねる“デジタル植民地”を選ぶ政策になる。植民地になるなら国産クラウドを育てる必要はない。ただし植民地の安全を本国(米国)がずっと保障してくれるかどうかは不明である。