「顧客の立場で考える」「顧客の視点で物事を見る」「顧客を起点として行動する」――。文で書くと短いが、いずれも簡単ではない。
英語ではCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)という言葉がある。一般社団法人CRM協議会の藤枝純教会長はあえて、CCRM(カスタマー・セントリック・リレーションシップ・マネジメント、顧客中心主義経営)あるいはCCX(カスタマー・セントリック・トランスフォーメーション、顧客中心の変革)と言い換えている。
CRMもCCRMもCCXも簡単ではない。関係者の合意を取り付けて始めるまでが大変だし、続けるのはさらに難しい。
CCRMやCCXへの挑戦には、先んじて取り組んでいる企業や団体の活動が参考になる。業種や業界が異なっていても構わない。始めるために背中を押してもらう、続けるための覚悟を固める、といったことにつながるからだ。
そこでCRM協議会が選ぶ「2021 CRMベストプラクティス賞」を受賞した13組(10企業、3自治体)の事例から、CRM、CCRM、CCXを進めるための姿勢や心構え、勘所を読み取ってみた。
やり方としてはまず13組の受賞事例発表会資料を読み、印象に残ったことを書き出した。それらをまとめて成功するための4カ条とした。
CRM協議会が2021年11月9~10日にオンラインで開催した「『2021 CRMベストプラクティス賞』受賞事例発表会」の登壇順に、受賞企業・組織名、受賞モデル名、印象に残ったことを記載していく。
SDGsも顧客を中心に考える取り組み
国民や住民を顧客と見なせば、国家や地方自治体の活動は顧客を対象とした業務となる。そう考えるとSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みは、国や地域におけるCCRMないしCCXとみなせる。
豊島区【SDGsで国際アート・カルチャー都市へ】:自治体SDGsモデル事業として「公民連携による都市空間活用プロジェクト」などが紹介された。ただし発表資料の冒頭に掲げられた、財政再建と新庁舎建設の説明があまりにも印象に残った。
豊島区の1999年度の財政は借金872億円、基金(貯金)36億円と破綻寸前だった。1999年に就任した高野之夫区長(現在6期目)が施設の統廃合や人件費削減を進め、2017年度には基金が借金を160億円も上回るところにまで持っていった。2015年3月には財政負担ゼロ円で地上49階の「としまエコミューゼタウン」を建て、5月から豊島区役所が入った。1階の一部と3階から9階が区役所、11階から49階は民間のマンションになっている。財政再建も新庁舎の建設も成功事例として評判になったそうだが不勉強で筆者は知らなかった。
日野市 企画部 企画経営課【コロナ禍対応食共助モデル】:共用デリバリーカーを飲食事業者に貸与、買い物が不便な地域を回る。スーパーやコンビニの立地など市が持っている各種のデータを使ってデリバリーカーが走るルートを決めている。
神戸市 市長室 広報戦略部【運用一体型FAQによる市民貢献モデル】:神戸市のコールセンターにかかってくる問い合わせの内容を調べたところ、FAQ(よくある質問とその回答)を掲載しているWebサイトに出ているものが多かった。それまで神戸市の公式サイトとFAQサイトは別々に作られていたが、神戸市のサイトにFAQ検索機能を入れる形で作り直した。
継続がなにより大事
10企業のうち、5社が「継続賞」を受賞した(いずれも5回以上受賞)。5社はCCRMやCCXに継続して取り組み、「CRMベストプラクティス賞」への応募も続けている。
ヤマハ【顧客体験感度向上モデル】:全社でCCRMに取り組むために実施した「CX想像力トレーニング」が興味深い。CX(カスタマー・エクスペリエンス、顧客の体験)を重視する企業風土を醸成するために、顧客が実際に問い合わせてきた際の音声を聴き、顧客の状況を想像し、意見交換するワークショップを開いている。
三井住友トラストクラブ(ダイナースクラブカード発行会社)【特別なおもてなし個客対応モデル】:分散していた顧客の情報をまとめる活動が基本だが、統合システムの導入にとどまらない。まず現場をヒアリングした上であるべき姿を検討し、「専任担当がいるかのような応対」というコンセプトを作成。社員に説明して、新システムを利用するためのトレーニングをした。
≪フジサンケイビジネスアイ賞≫≪継続賞≫みずほ証券【世代をつなぐ長期視点のCRMモデル】:発表資料に記載された「人でないとできない聞く力」「ロボット・AIで補えない人間力」という言葉が面白い。高齢者の顧客を専門に担当するコンサルタントを置き、資産活用に加え、生活支援サービスの相談にも乗る。
≪継続賞≫ホンダオート三重【危機感共有、全社一丸CRMで突破モデル】:車を買ってくれた顧客が事故にあったり車が故障したりしたとき、30分以内に社員が現場へ行くサービスを、特定地域向けに年中無休で提供している。部品の交換がなければ無料。サービスを実施した記録から、当初は午後6時までだった営業時間を2002年4月から午後8時まで延ばしたが、夜の呼び出しが減ってきたため2019年から営業を午後7時までとした。
≪継続賞≫フォーラムエイト 東京本社 社長秘書室【顧客開拓・リモート営業モデル】:建設関連の設計支援ソフトウエアを開発・販売する同社は、毎年CCRMの主管部門を替えるという珍しいやり方を続けている。これまで営業、インストラクタ・営業事務、開発、人事・総務、海外営業といった部門がCCRMの主管部門を務めてきた。2021年は社長秘書室が主管部門になり、オンラインによるイベント開催や情報発信の質を高めることに取り組んだ。
≪継続賞≫ビジョン コミュニケーション&マーケティンググループ CLT【PULL型LTV(Life Time Value 「顧客生涯価値」)向上モデル】:同社は携帯電話の販売やWebサイト構築支援など法人向けの情報通信事業と、海外渡航者にWi-Fiルーターをレンタルする事業を手掛ける。それぞれの顧客を調べたところ、もう一方の事業をあまり知っていないことが分かった。そこで2事業の顧客データをまとめて分析できる基盤を用意した。