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 現役の記者をしていた当時、最も力を入れていたのは情報システム開発や運用の失敗を報じる「動かないコンピュータ」という連載記事の執筆だった。この連載は今も日経コンピュータ誌で続いている。

 執筆あるいは後輩が書いた記事を査読する際に、注意したのは「事実の列挙に集中し、評価は避ける」ことだった。情報システム開発の失敗は表に出てこないことが多く、事実を探り出すのは容易ではない。どうしても裏が取れない点については「みられる」「と指摘する関係者がいる」といった言い回しを使った。

 「評価は避ける」とは要するに、論評ないし批判をしないということだ。「2回も失敗するとはいかがなものか」あるいは「企業の体質に問題がありそうだ」といった書き方は避ける。取材をして体質に問題があると気付いたなら、例えば「システムを使う事業部門の長と開発を担ったシステム部門の長が同じ会議に出たことは一度もなかった」といった事実を書くようにする。

 前置きが長くなったが、このコラムでは2023年3月7日に起きた、大型ロケット「H3」初号機の打ち上げ失敗を聞いて考えたことを列挙する。ロケットや航空機に関する取材経験はないので「事実の列挙」ではない。評価でもない。プロジェクトマネジメント(PM)の視点から、何らかのプロジェクトに取り組む人が物事を考える際に検討すべき点を挙げてみる。

H3打ち上げの瞬間
H3打ち上げの瞬間
2023年3月7日午前10時37分55秒、H3ロケット初号機は打ち上げられた。しかし第2段が着火せず、打ち上げは失敗に終わった。(写真:松浦晋也)

魅力的な目的を掲げる

 H3打ち上げ失敗のニュースを読み、最初に頭に浮かんだのは、「DARPA Launch Challenge」のことだった。米国防総省の中にあるDARPA(国防高等研究計画局)が2018年4月に実施について発表した、ロケット打ち上げのコンテストである。

 参加者には打ち上げる場所が数週間前、何を打ち上げるかの詳細が数日前に通知され、それを受けて迅速に打ち上げる。DARPAは無人運転の車を競走させる「DARPA Grand Challenge」や「DARPA Urban Challenge」、あるいはサイバーセキュリティを自動防護するシステムを競う「Cyber Grand Challenge」などを実施してきた。「DARPA Launch Challenge」はそのロケット版である。いずれも賞金を用意して挑戦的な技術を公募する。

 なぜDARPA Launch Challengeが頭の中に出てきたかというと、筆者が所属している日経BP総合研究所で『未来技術 2023-2032』という報告書をかなり苦労して作り、2023年2月に出版したばかりだったからだ。未来を左右する可能性があるテクノロジーを100件近く探し、評価した報告書だ。そこにはDARPAが絡んだ技術プロジェクトが多数出てくる。

 中には「よくこんな奇天烈(きてれつ)なことを発想し、しかも公費を投入するなあ」と思わせるプロジェクトもある。軍事に関係がなさそうなテーマのプロジェクトもある。同書の監修者で東京理科大学の生天目章上席特任教授によると、「世界を変えるかもしれない技術に先回りして投資し、ものになるかどうかを検証する」狙いがあるという。国防総省の組織だからといって兵器の技術開発だけをしているわけではないのだ。