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 「見えないものに挑む」という言葉を2004年に書いた記事の中で使った。このことをそれ以降も考え続けている。

 ソフトウエアはハードウエアほどにはよく見えない。それでもプロフェッショナルであれば見えづらいソフトウエアを何とかとらえようとして挑み続ける。ソフトウエアを利用する顧客に役立つように作るのは当然として、より美しく仕上げようと創意工夫する。

 ここでいうソフトウエアはコンピューターの上で動かすプログラムを当然含む。だがそれだけではない。サービスでもコンテンツでもスキルでもマインドセットでもナレッジでもインテリジェンスでもマネジメントでもすべてソフトウエアだとして話を進める。

 音楽も目に見えないソフトウエアである。アートである音楽とビジネスで使われるコンピュータープログラムやサービスとは目的がまったく異なるものの、見えないものに挑むという点は共通しており、ミュージシャンと技術者は学び合えるところがあるはずだ。実際あるミュージシャンは次のように書いている。

 「音だからこそ目には見えない世界がある、だから僕は音楽、楽器を奏でる事が大好きなのです。目から得られる情報には偽りのモノや自分の都合のいい解釈がつきものですからね」

 「全く違うジャンルや分野のモノでも必ず共通点があってそれを見出すのが得意」

 「発言をご覧頂いていればお分かりの通り、僕は様々な話題を提示して最終的に音楽や楽器の演奏に結びつけるというスタイルを取っています。なのでギターを弾かない人や楽器を演奏しない人たちにとっても(発言の場に)参加する価値は非常にある、と考えています」

 あるミュージシャンとはギタリストのKellySIMONZ(ケリーサイモン)氏である。紹介するのは本稿で3度目になる。彼のツイートやブログを毎日のように読んでは刺激を受けているので日経クロステックの読者に紹介したくなってしまうのだ。あまりに面白いので有料メールマガジン『超絶ギタリストへの道』まで申し込んだ。

 彼が書くものにはプロフェッショナルの姿勢や考え方が顕著に表れており、どんな世界のプロにも通じる。彼が発信した言葉から印象に残ったものを並べ、技術者が思うであろうこと、こちらが感じたことを書き添えてみる。物書きの仕事ばかりで演奏もプログラミングもしてこなかったが、音楽に楽典やコード進行が、プログラミングにシンタックスや表記ルールがそれぞれあるように文章には文法があり、ソフトウエアの仲間に入れてもらえると思う。

人生を賭け、魂を削る

 「楽器を演奏する身としては演奏云々よりも音自体に魂を込めている訳です(中略)人生賭けて魂削って音出してるんだから舐められたらたまったもんじゃないんですよ」

 「一音一音を大切に思いを込め、その思いが少しでも人に伝わるように丁寧に弾く事が一番」

 物書きを仕事にしている身としては一語一語を大切に、丁寧に書き、推敲(すいこう)しているが「人生賭けて」「魂を削って」いるかと自問すると答えにくい。ソフトウエアを作る技術者の皆さんはどうだろうか。

 「エレキギターは電気を利用しますが非常にアナログな楽器だからこそ自由度も高く人により全く音が異なります。その可能性と音の美しさが少しでも伝わればと思いクラシック音楽を弾き続けてきた」

 ケリーサイモン氏はハードロックのギタリストだがクラシックも頻繁に演奏しており日本放送協会(NHK)の『ららら♪クラシック』に2021年1月出演した。自由度が高いプログラミング言語を使った場合、技術者によって出来栄えはまったく異なる。効率的ですっきりした美しいプログラムを書く人もいれば使いにくく入れ子構造が複雑で解読しづらいプログラムを書く人もいる。

 「音楽は僕が亡くなっても残ってくれればいい(中略)これからもギタリストが挑戦したいと思える楽曲や楽器を演奏しない人にもシンプルに共感してもらえるものなど幅広く残していきたい」

 駆け出しの記者であった三十数年前、ある技術者に「自分が書いたプログラムが客先で使われ何らかの貢献をする、これほどやる気が出ることはない」と言われ、感銘を受けたことを覚えている。現在であればオープンソースソフトウエアだろう。優れた機能を実現すれば作成した技術者がたとえ亡くなっても残り、利用され続ける。