電子計算機、コンピューター、IT、デジタルテクノロジー。呼び名はどれでもよいが、これらは一切合切輸入されたものである。40年近く原稿を書く仕事を続けてきて「日本生まれの何かを全世界へ輸出できないか」という期待を述べた時もあった。しかし「輸出」にこだわること自体、後進国の証しかもしれない。
そもそもこうして文章をつづるにあたって使っている漢字も日本でつくったものではない。漢字を上手に取り入れ、使いこなしているわけだ。漢字をつくりだせなかったことを嘆く必要はない。ITについても上手に取り入れ、使いこなしていけばよい。
「上手に取り入れ、使いこなして」いくには、経験やその時々の創意工夫を広めていく必要がある。同じ組織にいる同僚に話す。一緒に仕事をしている顧客や協力会社の人に説明する。他人に教え、質問に答えていくと自分が得た何らかの勘所をより明確にできる。そうなれば分かりやすい資料にまとめられる。すなわち「原稿」である。
原稿を携えて同業者が集まるシンポジウムやコンソーシアム、学会に参加し、発表して意見をもらう。そうすると知恵に磨きがかかる。白書や論文集に掲載できる。雑誌や報道サイトに投稿し、書籍の出版にもつなげられる。
どれほど優れた技術者であっても無から有を生むわけではない。たとえ意識していなくても、先達が取り組んだ何らかの結果やそこで得られたノウハウを利用して、自分なりの成果を出している。「何らかの結果」が失敗であれば反面教師になる。自分の経験や得たものを他人に伝わるように表現することは、自分が所属する技術の世界への恩返しであり技術者の義務でもある。
そうした技術者の義務を果たした結果が2022年3月から4月にかけて2冊の本になったので紹介する。
現場で長年経験を積んだ設計者から設計手法を学ぶ
1冊目は『Web世代が知らないエンタープライズシステム設計』という本で、著者は「IT勉強宴会」である。日経クロステックに連載されている『本音で議論、企業情報システムの「勘所」』の第1回から第17回までを収録した。
そこに書かれた勘所の対象を列挙すると、データ駆動設計、適用分野についての土地勘、業務知識と設計スキル、スコープ決定、データベース設計、システム責任者の意思決定、企画立案の規格化、目的手段展開、概念データモデリング、暗黙知の継承、システム開発方法論、業務ドメインの解明、協働による業務設計、実データを使った設計検証、RDBの意義、複数アクターの把握、となる。
関連記事: 本音で議論、企業情報システムの「勘所」IT勉強宴会のWebサイトには「データモデリングを主体とした上流工程の実践者が集まり、学びあうグループです。設計に関する情報はなかなかネット上に上がってきません。当会には現場で長年設計者として経験を積んだメンバーが多数おり、設計手法を学ぶ場になっています」と記載されている。
定期的に開かれる勉強会は「勉強宴会」と呼ばれる。いわゆるユーザー企業とベンダー企業に属するベテラン技術者、フリーランスのベテラン技術者らが情報システムの設計について説明し、参加者が次々に質問し、意見を述べる。参加者はいずれも「実践者」、すなわち自分の手を動かして設計し、開発してきたプロフェッショナルである。
会合の内容は彼らのWebサイトに詳しく報告されている。それらを読めば真面目な集まりと分かるが、いかんせん「勉強宴会」という言葉が良くも悪くも強過ぎる。名称を見て参加をためらっていた人もいる。もっとも勉強会の後に宴会を開き、酒を飲みながら「設計手法」に関する意見交換を続けるので、名は体を表しているのだが。ちなみに酒が飲めなくてももちろん参加できる。昨今は新型コロナウイルス感染症のまん延に伴い、オンライン開催に切り替えている。
名称に抵抗のある方は勉強宴会をシンポジウムの訳語だと思えばよい。シンポジウムは古代ギリシャで開かれていた供宴(宴会)を指す言葉が語源という。「勉強宴会に行ってきます」と言いにくいのなら「設計手法を学ぶシンポジウムに行ってきます」と言い換えられる。
単行本にまとめて著作権のクレジットを入れる際、IT勉強宴会の英語名称が「IT JAM SESSIONS」だと知った。ベテラン同士が次々に発言し、丁々発止でやりとりする様子はなるほどジャムセッションに近い。参加者に業務の課題を挙げてもらい、課題達成を支える情報システムのデータモデルをその場でホワイトボードに描いていく、ライブモデリングという取り組みも時々行われている。
情報発信にも積極的だ。2020年5月には一律10万円の「特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連)」を情報システムでどう取り扱ったらよいのか、という課題を議論し、データモデルを公開した。
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