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 「ごく普通の大阪のおばちゃんでもGoogleに入って9年間働けました」

 こう語る須藤由紀子さんは1994年から25年間、米国シリコンバレーのIT企業5社で働いた。勤務期間、勤務先、入社のきっかけ、職種、退職の理由は以下の通りである。

1994~2001年 Compuware(コンピュウエア)
入社:日本人向けのジョブフェアで募集を知る
職種:ローカリゼーションスペシャリスト(英語・日本語の翻訳)
退職:オフィスがミシガン州に移転。ミシガン州への引っ越しまたはレイオフを求められレイオフを選択。ただし職探しの間、6カ月分の給与が出た

2001~2005年 NetIQ(ネットIQ)
入社:Compuwareの元社員からの推薦で入社
職種:ローカリゼーションスペシャリスト(日本市場向けインターナショナルチームに所属)
退職:オフィス縮小のためレイオフ。ただし3カ月分の給与が出た

2006~2009年 IPLocks(IPロックス)
入社:新聞の募集記事を見て応募
職種:ローカリゼーションエンジニア(日本仕様サポートエンジニア)、テクニカルライター(英語と日本語)
退職:企業買収のためレイオフ

2009~2010年 Fortinet(フォーティネット)
入社:IPLocksを買収、ほとんどの社員がそのまま採用された
職種:テクニカルライター(英語)
退職:企業内再編のためレイオフ

2010~2019年 Google(グーグル)
入社:NetIQの同僚がGoogleに移りテクニカルライターをしており推薦を受けた
職種:テクニカルライター、プログラムマネジャー
退職:日本に帰国するため

 聞きなれない職種もあるので補足する。

 ローカリゼーションスペシャリストは製品の画面やメッセージ、マニュアルなどを他国語に翻訳する。須藤さんは日本語訳を担当した。

 テクニカルライターは製品開発担当のエンジニアが記述した仕様書などをもとに、利用者向けのガイドやマニュアルを執筆する。いかに分かりやすくし、操作できるようにするかがポイントとなる。須藤さんは英語でガイドやマニュアルを書いたほか、日本語訳も手掛けた。

 プログラムマネジャーは現場起点のプロジェクトをスケジュール通りに進行させる。須藤さんはGoogleで顧客満足度を上げるプロジェクト、文書の質を向上するプロジェクトなどを自ら、あるいは人から頼まれて始め、マネジメントした。

レイオフに4回直面、だが年俸は右肩上がり

 須藤さんの4回の転職はいずれも会社都合によるレイオフがきっかけになったが、そのたびに次の職場を見つけ、年俸は転職するたびに上がった。見事なキャリアアップと言える。日本とは違って米国では転職するか職種を変えない限り年俸はそう上がらない。

 こういう職歴から日経クロステック読者の方々はどのような女性を思い浮かべるだろうか。

 ビデオ会議サービスを介して須藤さんにお会いしたが、穏やかで明るく、てきぱきと語ってくれた。自室には阪神タイガースの応援グッズらしきものが置かれていた。尋ねると「もちろん阪神タイガースファンです」と即答だった。新型コロナウイルスの問題が起きる前は観戦に行っていたが今は行けなくなり残念でならないと言う。

 失礼ながら入社が極めて難しいとされるGoogleに入り、9年間働いた方には見えなかった。Compuwareに勤めていた当時、日本法人に出向いて数カ月間働いたとき、周囲の日本人社員から次のように言われたそうだ。

 「現地で採用され米国でずっと働いてきたすごい人が来ると聞かされてましたが、須藤さんは本当に普通の人ですね。こういう人でもシリコンバレーで仕事ができるのか、とびっくりしました」