「最近一番面白いと思っていることは何ですか」
5月15日の夕方、あるコンサルタントからこう聞かれ、答えに窮した。肩書きは「研究員」である以上、「こういう分野のこの動きが興味深い」という説明を期待されていたはずだが大した話ができなかった。
面白いかどうかは別にして最近一番驚いたことなら頭の中にはっきりあった。5月9日、筆者にとって大事件が起き、それ以降ずっと気にしていたのだが彼女には言いにくかった。
大事件の内容それ自体が衝撃であったし、事件の前日である8日に大事件と関わりがあるコラムを偶然書いていたことに我ながら驚いた。
日本時間で5月9日に起きた大事件
コラムは「プロジェクトリーダーには『待つ力』が求められる」という主旨のもので5月10日に公開した。
「待つ力」とは「待つという選択が将来において好影響を及ぼすことを見抜く力」である。コラムの中で「今はあえて動かずに待ち、然るべき時期が来たら行動する、そのほうが長い目で見ると大きな価値を生む。こう決められる力」と説明した。
待つ力を持つ一例として、ある音楽プロデューサーに触れ、どちらかと言えばそのプロデューサーを褒めた。彼はアイドルグループ出身の20代の女性1人と10代の女性2人からなる3人組のマネジャーであり、3人組のコンセプト、彼女達が演じるストーリー、楽曲、ライブの内容、衣装などすべてを決めている。
彼はとことん待つ人であり、したがってファンも待つしかない。だが5月8日、3人組の新曲と宣伝動画が久しぶりに発表された。コラムの中で「8日の夜9時過ぎに動画の再生回数は60万回を超え、世界中のファンがおそらく喜びのコメントを投稿している」と書いた。
ところが翌9日、世界中のファンがプロデューサーと彼が勤務するエンターテインメント会社を罵倒し、糾弾する怒りのコメントを続々と投稿する事態になってしまった。
10日に公開したコラムを8日に書き終え、9日に校正をしている時に事態の急変を知った。コラムを書き直そうかと思ったが、大事件で筆者自身、気が動転していたし、そもそも書き替えようがないことに気付き、そのまま公開した。
3人組が2人組になってしまった
大事件は日本時間で5月9日午前11時ごろ起きた。3人組の世界征服ツアーの最初の公演が米国で開かれたが3人組のうちステージに現れたのは2人だけであった。世界ツアーの告知に使われた写真に3人が映っていたにもかかわらず1人の欠場について事前説明は無かった。
ステージに現れなかった彼女のファンは多く、彼女見たさでチケットを買っていたファンは落胆し嘆き、一部のファンは激怒した。不在の情報は瞬時に世界へ広がり、事前に説明しなかったプロデューサーとエンターテインメント会社を名指しで非難する発言が続々とインターネットに投稿された。
知り合いのIT企業経営幹部は米国公演を見に行くため成田空港に向かう電車の中で事件に気付き、「前向きに、ポジティブに、何があっても受けとめます」と電子メールを送ってきた。彼は欠場した10代の大ファンである。メールには「前向きに」と書いてきたが空港に着くと彼は午前中にもかかわらず酒を飲み始めた。出発直前に送られてきたメールには次のように書いてあった。「長時間のフライトの間、寝られるように準備しています。もっとも彼女のことを考えないようにする方が大きいかもしれません」。
米国ツアー初日の公演内容も衝撃であった。3人組、ではなかった、2人組のライブは従来とまったく変わっていた。2人の衣装と髪型は一変し、冒頭から立て続けに新曲が4曲も披露された。演出も大きく異なり、女性バックダンサーが新たに2人登場、従来曲における振り付けも変えられた。
ボーカリストの素晴らしい歌声と堂々とした立ち振る舞いはそのままだったが、それ以外は一見すると別物と言ってよい。1人の欠場で我を失ったファンはあまりの変わりように「私が見たかったものではない」「元に戻せ」「もう終わった」「二度と見ない」などと感情的な意見をインターネット上に書き込んだ。
「何があっても信じて待て」
こういう状況下で「待つ力」の大事を説いた拙文を公開した。3人組ファンの知り合いは「記事の趣旨とは違うかもしれませんが復帰をずっと待っていたいと思います」とメールしてきた。別のファンは「何があっても信じて待てというメッセージに見えました。待ちます。が、そこに希望がないと挫ける人も出てくるでしょう」と書いてきた。
確かに記事の趣旨とは違うし、そういうメッセージを書いたつもりはない。だが、事件の一報に接した直後、拙文を読むとそう読めなくもない。幸い、希望につながる報道がなされた。
米メディアのALTPRESSは5月10日、“A spokesperson from the American mangement company representing BABYMETAL has confirmed Yuimetal remains a member of the Japanese pop/metal alloy act.”と報じた。欠場した1人は引き続き3人組の一員のままだと分かり、世界のファンは一応安堵した。
報道によると3人組の「ストーリーラインは変更された」。確かに4月1日、公式サイトに今年の活動について語っているかのような動画が公開されていた。「語っているかのような」と書いたのは何を言っているか分かりにくい動画だったからだ。