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 自由民主党と経済産業省が「国産クラウド」の育成に動いている。狙いは「国民データの安全な管理」と「クラウド技術の確保」という経済安全保障上の2点だが賛否両論がある。

 自民党は政府や国民に関する機微データについて「セキュリティを強化したクラウド」を「国内産業育成を積極的に図る形で技術開発を進めつつ採用すべき」という主張を含む提言『デジタル・ニッポン 2022』を2022年4月26日にまとめ、デジタル庁に対して同年5月16日に検討を求めた。

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 経産省は1年前の2021年5月、『デジタル産業に関する現状と課題』という資料で「クオリティクラウド」の推進を強調した。クオリティクラウドとは「産業・政府・インフラ用途のクラウド化に求められる要件を満たすクラウド」である。経産省は「国産」という言葉を使っていないが「日本に根ざして開発・運用を行うクラウド事業者の確保」と書いているし、自民党は提言でクオリティクラウドについて触れ、「国産クラウドで実装」することを求めている。

 自民党の提言では、国産クラウドを求める理由は大きく2点ある。国民のデータを安全に守る、クラウドという重要技術を日本で持つ、である。国家を維持し、国家の価値を保全することを経済安全保障とすれば、これら2点は確かに対象となるだろう。提言には「クラウドサービスを経済安全保障推進法上の特定重要物資に指定」という記述がある。経産省は経済安全保障という言葉を使っていないが、クオリティクラウドを進める理由は自民党と同じ2点である。

 日経コンピュータのインタビューに4月5日応じた小林鷹之経済安保相は次のように述べた。「特定重要物資も政令で指定しますので最終的にどうなるかは分かりませんが、クラウドサービスが対象の1つになり得ると考えています。(中略)政府の扱う情報のうち本当に機微な情報については管理の在り方を国家として考えていくべきだと思っています。『全て国産クラウドで』という話ではないと思いますが、国内クラウドサービスの能力やクラウド人材の育成は非常に重要な国家課題だと考えています」

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国策クラウドを推す人、酷評する人

 冒頭に「賛否両論」と書いた。筆者が見聞きした範囲、SNSのタイムラインに流れた発言であり、知り合いに直接会ったとき聞かされた意見についてである。たまたまかもしれないが発言者の年齢によって賛否が分かれた。

 賛成する人は60歳以上が多かった。デジタル庁が準備を進めているガバメントクラウドの調達でAmazon Web Services(AWS)に代表される米国のパブリッククラウド(いわゆるメガクラウド)だけが採用されたことを懸念し、「国家が国産クラウドを使うのは当然。もっと早く育成すべきだった」といった意見である。

 政府や自治体が選ぶクラウドが「AWS一択」になりつつあり「マルチクラウドのはずのガバメントクラウドが、蓋を開ければ多くの行政機関がAWSを使う状況を招きかねない」とする指摘も出ている。

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 一方、30代、40代の現役ばりばりで技術に詳しい人たちからは国産クラウド育成を酷評する意見が出ていた。「メガクラウドを使っても安全なシステムをつくれる」「メガクラウドと似て非なる、“なんちゃってクラウド”でごまかしてきた国産勢を今さら育成するのは税金の無駄」といった主張である。最先端のメガクラウドを使いこなして政府や自治体の情報システムを刷新することを優先すべきだ、というわけだ。これはデジタル庁の現場の考えと同じといえる。

 2022年5月24日の日付が入ったデジタル庁ガバメントクラウドチームによる「『政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針』の改定について」という資料を見ると、「クラウドスマート(クラウドを賢く適切に利用する)を目的とする」「スマートとはモダン技術の利用でありマネージドサービスとIaC (Infrastructure as Code)が中心」などと書かれている。

 この記述を読むとガバメントクラウドのうちIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)についてと読めるが次の説明がある。

 「従来型の業務システムを、多種多様なマネージドサービスを利用し、自らサーバを構築しない業務システムとするには、アプリケーションのモダン化、刷新が必要となる。(中略)アプリケーションとインフラを分離した調達は、アプリケーションのモダン化とスマートなクラウド利用を阻害する要因となる(中略)。クラウド移行に向けた刷新においては、インフラとアプリケーションを同時に刷新することが合理的である。また、事業者や調達についてもインフラとアプリケーションを原則として分離するべきではない」

 インフラが主語で官公庁や自治体が使うアプリケーションが述語になっている気がするが、インフラ調達部門が書いているからやむを得ないのだろうか。この基本方針に沿うと、自治体がメインフレーム上で長年動かしてきた「従来型の業務システム」をガバメントクラウドに移行するには「アプリケーションのモダン化、刷新」ができる「事業者」を探し、その事業者からインフラも調達する。デジタル庁のこれまでの動きを考えるとインフラはメガクラウドだから、自治体はメガクラウドのパートナー企業の中から「モダン化」ができる事業者を探すことになる。

 「モダン化」とは何か。デジタル庁の同じ資料からもう1カ所引用する。「新規開発時やアプリケーション刷新時には特に留意されたい」として以下の項目が列挙されている(一部省略)。

  • オンプレミス時代の人海戦術的な方式を踏襲せず自動化する
  • 単なるシステム監視ではなく定量的計測を行う
  • セキュリティ対策もクラウドに最適化させる
  • 開発プロセスをクラウドに最適化させる
  • 稼働日で完成ではなく日々の運用で改善していく

 これまた一切合切をクラウドに合わせるべし、と読めなくもないが、最新のクラウドを使ってモダンな開発と運用をしていく時代だ、とデジタル庁は主張しているわけだ。

 次のガバメントクラウドの調達は「2022年夏ごろになる見込み」と日経クロステックは2022年5月19日に報じた。その記事には「同調達におけるIaaSの技術要件についてデジタル庁のガバメントクラウド担当者は『調整中だが、(先行事業の調達で示した要件から)大きく変更しない方向で検討している』と明かす」とある。

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