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 「私が思い描いたシステムを短期間で、しかも当初予定よりも早く実現してもらった。要求の反映度合い、開発スピード、共に満足しています」

 情報システムの発注者・利用者が開発者へ感謝の言葉を述べる、うれしそうな様子を見聞きしているとこちらまでうれしくなる。

 冒頭の発言は東海国立大学機構岐阜大学保健管理センターの堀田亮助教によるものだ。保健管理センターは「心の健康調査システム」と呼ぶ、アンケートシステムを2021年2月から使い始めた。

 まず在学生のうち約1300人が2月に実施された定期健康診断の際にPCないしスマートフォンからこのシステムを使い、自分の心の健康状態を確認した。続いて4月、新入生約1000人が利用した。

 55項目の質問に答えると結果が直ちに画面に表示される。基準値を上回る学生、すなわち心の不調が懸念される学生には「保健管理センターにご相談ください」という表示が出る。健康診断会場でアンケートに答え、その足で保健管理センターに相談しに来た学生もいた。

 心の健康調査システムは愛知県春日井市でITのコンサルティングなどを手掛ける、エルゴ(ergo)の下山吉洋代表がローコード開発ツール「Rmenu」を使って作り上げた。当初の予定では4月から利用を始めることになっていたが、2カ月前倒しして2月の健康診断に間に合わせた。

 一般的なアンケートシステムであれば無償公開されているフォームなどを利用できそうだ。しかし回答をその場で基準値と比較したり、「死にたい」など希死念慮を示す選択肢を選んだ学生に保健管理センターのメールアドレスや電話番号をすぐ伝えたりするためにはシステムとしての開発が必要になる。

 支援が必要な学生を早期に発見し手を差し伸べるという緊急性、取り扱うデータの機微性を考えるとミッションクリティカルなシステムと言える。本記事の後半に示すアンケート結果の実例をご覧になるとそのことを実感できるはずだ。

全米600校以上の大学が使うアンケートの日本版を開発

 岐阜大の堀田氏はカウンセラーとして学生の心をケアしつつ、同時に助教としてメンタルヘルスケアに関する研究を進めている。心の健康調査システムは学生の心の健康を支えると同時に、データを集め分析し研究を支援する。

 研究に役立てるには比較検討ができる標準書式に沿ってデータを集めなければならない。大学生の心の状態を測る方法として“Counseling Center Assessment of Psychological Symptoms(CCAPS)”がある。米国の研究者が作ったアンケート(質問項目と基準値)で全米の大学600校以上で使われている。

 2015年に米国の学会に出席した堀田氏はCCAPS開発者のベン・ロック博士(ペンシルベニア州立大学)の講演を聴き、その場で「日本語化したい」と申し出て快諾を得た。ロック博士が定めた翻訳方針に沿って堀田氏はCCAPSの日本版を用意した。

 2016年から2017年にかけて国内の11大学で2700人の学生にアンケートを実施し、回答結果に基づいて統計解析し、もともとあった質問62項目のうち日本の学生に適さない7項目を省いた。55項目の質問は抑うつ、全般性不安、社会不安、学業ストレス、食行動、敵意、家族ストレス、飲酒に関するもの。現実感喪失、希死念慮、攻撃行動、他害の危険の有無を調べる4項目もある。

 堀田氏は岐阜大で日本版CCAPSの利用を2018年度から始めたが、当初は紙のアンケート用紙に記入してもらい、外部の入力会社に委託して結果を表計算ソフトに打ち込み、集計していた。このため結果を把握し、希死念慮や他害などの項目に高い点を付けた学生に連絡し、面接するまでに1カ月近くかかっていた。

 米国ではCCAPS用のアンケートシステムが用意されており、600以上の大学が利用している。ただし表記は英語であり項目も一部違うため日本版のシステムを作ろうと堀田氏は考えた。