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 「昨日、車の中でNHKの日曜討論を聞きました。政治家や政治家を目指す人たちの対話とは到底思えませんでした。知性のかけらもなく枝葉末節の現象ばかりを取り上げエキセントリックにののしり合うので議論になっていません。ビジョンというか大きな未来図が頭にない。言い方を変えると世界観や社会観つまりどこに向かいたいのか、何に価値を置くのかがいっこうに見えてこない。ビジョンや未来図の根拠になる基本的な考えが背景や前提に本来あるはずですがそれらをすっ飛ばして細かい政策論について相手を中傷するだけで反論にもなっていない。しかも前提や枠組みがないままの言い合いをファシリテーターが軌道修正しない」

 経営コンサルティングを手掛けるインターブリッジグループ(ibg)の好川一社長が2022年6月27日、こんなメールを送ってきた。日曜討論を見聞きしていないので政治家の発言についてはどうこう言えないが、「似た指摘を最近読んだり聞いたりした」と感じた。

「両端を往復する思考」がない

 筆者の今の肩書は「研究員」であり、何かを調べて報告書にまとめるのが主務だ。加えて本欄や日経コンピュータに原稿を書いたり寄稿を編集したりしている。好川氏のメールを受け取った日にはIT勉強宴会が日経クロステックに連載している「本音で議論、企業情報システムの『勘所』」の次回記事を査読していた。その記事の主張が持つ構造が好川氏のメールに似ていると思った。

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 7月1日に公開予定の次回記事はIT勉強宴会副理事長の渡辺幸三氏によるもので「情報システムの世界で技術者たちは最新の建材で竪穴式住居を建てている」という痛烈な指摘が出てくる。クラウドコンピューティングなど「最新の建材」を使っても設計が古いままでは「竪穴式住居」ができるだけだと渡辺氏は批判する。

 好川氏のメールと渡辺氏の記事に感じた共通点は、前回本欄で紹介した「現場のビジネスリーダーが意思決定を自動化する『デジタルディシジョニング』のモデルをうまく作れないことがある」という一件にもあった。

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 ある思考の欠如をいずれも指摘していると筆者は読んだ。政治家もビジネスリーダーも技術者も考えていない。失礼ながら読者の皆さんも考えていないかもしれない。筆者自身ができていると言うつもりもない。

 どのような思考が欠けているのか。一言で書くのは難しいが、あえてやれば「両端を往復する思考」となる。全体を大きく捉えるとともに部分を吟味する。構想や理想、将来像といった抽象的な何かと、現実の実行や経験、機能や手法といった具体的な何かとの間を行ったり来たりして考える。先に「主張が持つ構造」が似ていると書いたのは「思考の構造」という意味であった。

 「両端」と書いたが2点しかないわけではない。好川氏の指摘はビジョンや未来図、根拠になる基本的な考え、細かな政策論の3層になっており、3層の間を往復する思考が求められる。

 寄稿の中で渡辺氏は「最新の建材で竪穴住居を建てる」愚行を避けるために「施主の現在の思い」と「設計者の知識と経験」との化学反応を起こし、「抜本的に見直された事業データモデル」を設計することを勧める。あるべきデータモデルから「あるべきアプリケーション構成や業務の流れ・体制」を導く。ここにも目指す理想のモデルと現実に使うアプリケーションや業務の双方を捉える思考がある。

 意思決定の自動化も同様で、具体的に何をどう判断しているかという現実の経験があったとして、そうした意思決定がどういう理屈ないしルールによっているか、抽象的なモデルにまとめ上げる思考が求められる。

相手とレベルを合わせる

 ここまでを感想としてまとめ、好川氏にメールで送ったところ返信が来た。

 「申し上げたかったのは、概念(抽象)のところ、つまり哲学的な世界観や人生観、そして自分のよりどころとする基本的な考えを明らかにした上で相手と議論しないと話がかみ合わない、ということです。概念を明らかにして相手とレベルを合わせ、基本的な考えで同意しておく。そうでないと具体的な政策や情報システムなどのプロジェクトプランで合意に達しようがない。それからロジックやモデルの話は具体的なことの中にとどまるのではないでしょうか」

 確かにビジョンや世界観と、政策立案や情報システムの設計とでは抽象の度合いに差がある。とはいえ、情報システムを使いたい「施主の現在の思い」には経営観や現場が大事にしている考え方が入っているはずだから、具体的なロジックやモデルだけとも言い切れない。ビジョンを描くことと設計することのそれぞれで、行ったり来たりする距離に差はあっても思考の往復はどちらにおいても必要になる。

 例えば「とにかく顧客に早く製品を届けたい」と考える施主に向けて、「高品質な製品をじっくり作るための情報システム」を提案してしまったら合意に達することは難しい。