「トレードオフとは何かを優先し、何かを止めること。総じて日本人はトレードオフの決断が苦手で捨てることができない」
プロジェクトマネジメントのコンサルタントである峯本展夫氏がこう発言する場に先日居合わせ、かなり前にトレードオフをテーマに記事を書いたことを思い出した。
検索してみると16年前に書いた記事だった。それに対する読者の反応を受けて書いた続編が出てきた。
関連記事: ある技術系マネジャの夢 読者と「トレードオフ」を考えるトレードオフとは何か。16年前の記事では「何かを採用する代わりに何かを犠牲にすること」と書いた。三菱マテリアルで取締役を務めた故・桜井宏氏の「トレードオフに相当する適当な日本語がない。取捨選択とは違う。強いて言えば『異質の要素の利害得失を比較考量すること』となろうか」という説明を記事で紹介している。
冒頭の峯本氏の発言はプロジェクトを成功させるために計画をどう立てたらよいか、という講義の中で出たものだ。計画を立てるにあたって、峯本氏はトレードオフマトリックスを使い、プロジェクトの戦略を決めることを推奨した。ここでいう戦略とはプロジェクトを進める際の方針を指す。
記事執筆のトレードオフマトリックスを作ってみた
トレードオフマトリックスは「時間(納期)」「コスト」「機能(品質)」の3点について優先度を決める。例えば次のようになる。記事を書くことをプロジェクトと見なし、どういう方針で臨むかを筆者なりに考えてみた。

何よりも「制約とする」(優先する)のは「時間(納期)」すなわち締め切りである。締め切りは動かせない。どれほど素晴らしい記事を書いたとしても締め切りに間に合わなかったら雑誌に掲載できない。Webサイトの場合、締め切りより遅れても公開日をずらせばなんとかならないわけではないが「なんとかなる」と思っているとどんどん書くのが遅れ、なんとかならなくなりかねない。
もちろん「機能(品質)」、つまり記事の中身は大事であり、できる限り「最適化する」。読んで面白く、誤字脱字がないようにする。記事の種類によって面白さは変わる。ニュースであれば新しい事実が書かれていないといけないし、特集であれば読者に役立つ考え方や事例が入っている必要がある。
面白い記事を書くために資料を買ったり出張に行ったりして「コスト」がかかったとしても記事を完成させなければならないので、「追加を受け入れる」となる。
トレードオフマトリックスはプロジェクトごとに異なる。プロジェクトマネジャーは求められる成果物や置かれている状況をよく見てトレードオフマトリックスを熟考し、プロジェクトに臨む。「機能(品質)」の代わりに、プロジェクトが取り組む範囲である「スコープ」とすることもある。3点のほかに「組織の利益」「社会貢献」「メンバーの成長」などを追加する場合もある。
トレードオフマトリックスの考えはアジャイル開発にも入っている。段階で表現するので「トレードオフスライダー」と呼ばれる。トレードオフスライダーでは「機能(品質)」を機能(スコープ)と品質に分け、4点について優先度を記すことが多い。計画した機能をすべて開発できたとしてもバグだらけであったら機能を満たせたとは言えないためだ。
ただしマトリックスの要素を増やすと「異質の要素の利害得失を比較考量すること」がやりにくくなるので3点のマトリックスを採用し、必ず3点の優先度を決める、としたほうが使いやすい気がする。
トレードオフを決めないと犠牲者が出かねない
プロジェクトには様々なステークホルダー(関係者)がいる。すべてのステークホルダーが、プロジェクトを計画した人が考えたトレードオフマトリックスをすんなり承認してくれるとは限らない。
何らかの開発を請け負うにあたって「今回は時間(納期)を必ず守る。そのために機能(品質)はほどほどにし、必要があれば追加でコストをかけるのでよろしく」と発注者あるいはプロジェクトオーナーに事前説明したら、果たして了解を得られるだろうか。