「彼を知り己(おのれ)を知れば百戦殆(あやう)からず」、孫子の兵法に出てくる有名な言葉である。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と書かれることも多い。
この言葉に久々に接したのは、システム企画研修(東京・品川)の上野則男社長と話をしていたときだ。上野氏の本業は方法論の開発であり、例えば約250社が導入したというシステム企画方法論の「MIND-SA」は上野氏の手による。
筆者が記者になったのは1985年で、MIND-SAは前年の1984年に発表された。方法論に詳しい先輩が設計ガイドのような特別号を作った際、MIND-SAに関する寄稿を上野氏が寄せてくれたことを覚えている。
最近ではシステムを保守するための方法論「MIND-EVE」を開発している。MIND-EVEに関する意見交換の場に筆者が参加し、複数企業の保守担当者の方々と話をしたこともある。
システムやソフトウエアの企画や保守あるいは開発を巡り、「方法論は重要だがそれだけではうまくいかないのでは」と上野氏に質問したところ、「どんな仕事でも人間の世界でのことですから人間を知ることが基本。孫子の兵法にある通りです」という答えが返ってきた。
上野氏との対話を以下で再現し、「彼を知り己を知る」、すなわち人間を知るための同氏の経験や見解を紹介する。Yが筆者、Uが上野氏の発言である。
自分の身を守るために人間を知る
Y 孫子によれば「彼を知り己を知れば」ということですが後者の「己を知る」ことのほうが実は難しい気がします。自分のことは案外分かっていないので。
U 本当に自分や他人を理解できるのかと問うと、哲学の世界に到達してしまいそうですが、仕事をうまく進め、そして自分の身を守るには何を知るとよいか、と限定して考えれば、役に立つ方法が色々あります。
己を知るところから考えてみます。仕事で成果を出そうとしたら自分の得意な領域や向いている仕事を見つけるべきです。
私たちは数社のシステム開発会社と協力して、IT職種に限定した職種診断方法を開発しました。「CATCH」と呼ぶものです。職種を10選び、60の質問に答えて適性を判定します。やってみてはいかがですか。
Y 早速やったところ、こういう結果になりました。
U 事業企画やマーケティング担当者、あるいは人の面倒を見るサービスデスク担当者に向いています。ただしマネジャーには全く向きませんね。
Y サービスデスク担当者は予想していない職種でしたが、マネジャー失格というのは残念ながら納得できます。CATCHはどういう仕組みになっているのでしょうか。
U 仕事の成果に影響を与えるコンピテンシー(行動特性)を60項目選び、ITビジネスにおける10の職種でそれぞれどういうコンピテンシーが求められるかを検討し、仮説を立てる。次に協力してくれたシステム開発会社でこの診断を実施し、回答した方などに意見を求め、仮説が妥当か、コンピテンシーについて聞く質問が適切かなどを検証する。必要があれば仮説や質問を修正して確認する。こうした作業を繰り返して精度を高めました。
谷島さんの回答を見ると、例えば相手の意図するところを的確に捉える「明敏性」や新しいアイデア・工夫・方法、新しいものを創り出す「創造性」がある、という結果になっています。これらは事業企画やマーケティングに欠かせません。もともと持っていたのか、長年の取材・執筆活動で鍛えられたのか、そこまでは分かりませんが。
Y 創造性と言われても全く新しい何かを作ったことはほとんどありませんが。
U 発明家や芸術家には真の意味の創造性があります。ただし、ビジネスの世界で全く新しいものを生み出すことは実は少なく、多くの場合、連想や応用によります。面白い特集記事を書こうとしたら意外な事例を組み合わせて話を展開する、といったことが必要でしょうから、アナロジーの力が付いたのでは。
Y そうかもしれません。60項目が絡みあうとなると、やはり人間は相当複雑にできているわけですね。