「自分がいかにこの言葉を嫌っているかよく分かりました」
2021年9月末、SNS(交流サイト)にこう投稿した。この言葉とは「DX(デジタルトランスフォーメーション)」を指す。
数日後に書いたことを後悔した。表紙にDigital Transformationとだけ書かれた雑誌風の冊子を編集責任者から受け取り「しまった」と思った。
DXが嫌いだと書いたことを彼女は知らないはずだ。しかし7月から9月にかけてDXを主題にした164ページもの冊子作りに注力し、ようやく刷り上がった矢先に「DXですか。嫌いです」と言われたら良い気持ちはしない。
そもそも編集責任者から依頼され、この冊子に記事を書いていた。その上、後述するように後輩8人を自分が指名し、彼ら彼女らに冊子のための動画撮影に応じてもらった。「谷島さん、今回の冊子はただの紙ではなくインターネットと連動できるので動画にぜひ登場してください」と編集責任者から声をかけられたが「出ません」と即答した経緯もあった。
文章を発表する際には場所を問わずよくよく注意しなければいけないと内省しつつ、出来上がった冊子を開いて自分が書いた箇所を読んでみた。DXという2文字をなるべく使わないように考えて書いたことが分かる。DXが出てくるのは次の2カ所である。
「デジタルトランスフォーメーションはなぜかDXと略記され手軽な印になって色々なところに貼られているが“Transformation”を辞書で引けば『性質・状態などの全き(まったき)変化・変形・変質』(岩波英和辞典)と出ており本来簡単には名乗れない」
「社会と技術はトランスフォームしつつあるがDX印が多々貼られているビジネスのほうがさほど変わっていない」
「全き変化」ではない何かをDXと呼ぶのはいかがなものかと思っている。もっとも自分がDXに限らず英略語を嫌っていることも確かである。過去に英略語や片仮名を一切使わないで記事を書く実験をしたこともあった。
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この冊子は「インターネットと連動できる」と先に書いた。編集責任者が「AR(拡張現実)をほぼ全ページに使ったIoTマガジンなので」と言ったのを書き換えてみた。実際ほぼすべての記事で「日経AR」というアプリが使える。
スマートフォンの調子が悪くてダウンロードできなかったので、タブレットに日経ARを入れて試した。タブレットのカメラで冊子のページを写すだけで記事に登場している人のインタビュー動画や解説動画、あるいは日経クロステックの記事が表示される。きちんとカメラをかざさなくても、素早く応答して何かが出てくる。読者アンケートもARになっていたので回答しておいた。
台湾のデジタル大臣(デジタル担当政務委員)、オードリー・タン氏のメッセージ動画は内容も語り口も素晴らしく、視聴しただけで「良き何かに接した」という気分になれた。
「デジタルツインを武器にする」という特集を構成する4本の記事については工場内の360度画像など凝った動画がそれぞれ出てくる。インタビュー動画もあり「機械学習の判断とベテランの判断を比較したら機械学習が上回った」と聞こえる発言があった。思わず発言者に質問したくなって身を乗り出したが、さすがにそれはできない。
自分が担当した記事の題名は「DXを促進する『100の技術』」である。毎年10月に発行している書籍『100の技術』の内容を紹介し、100件の技術のうち8件の解説記事を冊子に転載した。日経ARを通すと記事を書いた若手記者などが現れて解説を述べる。若手は5人、残る3人は編集長を含むベテランである。
分かりやすく編集された冊子の中で1点だけ理解できなかったのは、ところどころで猫の動画が現れることだ。「なぜ猫なのか。いきさつは編集後記を読んでいただきたい」と書いてあったが読んでも分からない。
巻末の協力者一覧を見ると、茶一朗、たまゑ、シエル、ドリー、八兵衛、こはく、ひな、るちる、ナナ、はな、奏、ルナ、キトゥン、ナズナ、きょん、ラナといった猫が登場するらしい。「らしい」と書いたのはなぜか茶一朗しか出てこなかったからだ。キトゥンとナズナについては飼い主にしばしば写真を見せられるので動く様子を確認したかったが登場してくれない。
意図は不明だが動き回る茶一朗を仕事机の周囲に重ねて表示してみるとなかなか楽しい。編集責任者は「テクノロジーの進化は人類を楽しく幸せにするものであるべきだと我々は信じています」と編集後記に書いていた。それで猫を登場させたのかもしれない。
