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 「倫理のスキル(ethics skills)」という分かりにくい言葉を聞いたのは2014年のことだった。出所はITリサーチ大手の米Gartner(ガートナー)である。同社は今後3年以内に求められるスキルとして倫理を挙げていた。さらに『2014年、CEOの決意』という報告書でデジタルビジネスに向けて倫理の議論を深めるべきだと述べていた。

 倫理と聞くと「人の道」とか「道徳」とか「正しい行い」などといった言葉が頭に浮かぶ。それがスキルとは結びつかない。何かのスキルを身に付けようと修業しているうちに倫理観が強くなったとしても、それを倫理のスキルとは呼ばないからだろう。

 ethical drugという言葉がある。医師の指示がないと処方できない薬のことだ。これを倫理薬とは訳さない。ビジネスにおけるethicsも、倫理というより法的あるいは自主的な規範を指すとみたほうがよい。規範を用意するのはビジネスの顧客や利用者、さらには社会に向けて正しいことをするためである。つまりガートナーがいうethicsのスキルとはガイドラインやルールを自分で設定できることを意味する。

 ethicsにもスキルがあると知ってから7年がたった。昨今では機械学習などのAI(人工知能)やWebサービスにおいて、さまざまな個人データを利用する際に、正しいことをしているかどうかが相当厳しく問われるようになった。新しいサービスを始めたり新製品を発売したりする際に、機械学習の結果やデータの取り扱いに問題ありと見なされると、インターネットで批判が飛び交い、いわゆる炎上状態になってしまう。

「倫理については答えがないことも多い」

 炎上を避けるためにはethicsのスキルを身に付け、対策を講じておかなければならない。こう書くのは簡単だが実行は極めて難しい。何といっても「倫理については答えがないことも多い」からである。答えがなかったら対策をどう立てるのか。

 「答えがないことも多い」との指摘はAIやデータの倫理問題に詳しい福岡真之介弁護士(西村あさひ法律事務所)による。福岡氏はデータマネジメントの研究や情報交換を手掛ける一般社団法人日本データマネジメント・コンソーシアム(JDMC)のセミナーでこう発言した。法律に抵触するなど明らかに違反だと分かる場合もあれば、法律は守っていたのに状況によって指弾されてしまうこともある。

 しかも倫理の問題は機械学習などでデータを利用する技術者だけでは解決できない。福岡弁護士は設計や作成、品質検査など「技術的に対応」することに加え、「非技術的対応」が必要だと説明していた。

 非技術的対応とはまず「使い方に気を付ける」こと。例えば利用者の習熟度や知識を想定して説明文を付け、その中で注意を促す。契約書の文面にも配慮する。法律の順守(コンプライアンス)、サービスやそれを支えるシステムにまつわる諸活動をきちんと把握し、問題を起こさないようにする取り組み(ガバナンス)も欠かせない。

 このように倫理あるいはethics、データマネジメント、コンプライアンス、ガバナンスと並べてみても具体的に何をどうすればよいのか、ぴんと来ない。答えがあるとは限らないし取り組み方もよく分からない。ethicsのスキルに関して「実行は極めて難しい」と書いたゆえんである。