夢はめったに見ない性質だが夢を見ている気分になることはある。ただし夢はずっと続くわけではなく終わりは必ず来る。ちょうど2年前の10月25日、「記者の眼」欄に次のように書いた。「圧倒されるが何か有り得ないものを見ている気分になり妙に緊張してくる。例えは悪いが固唾を飲んで綱渡りを眺めるようなものだ。(中略)一ファンとしては彼女たちの奇跡の綱渡りが一日でも長く続いて欲しいと願うばかりである」。残念でならないが8年間続いた「彼女たちの奇跡の綱渡り」はいったん途切れることになってしまった。
夜8時過ぎに来た、見たくないメール
いきなりこう書き出すと何の話か分かりにくいので説明する。「彼女たち」とはアイドルグループ出身の美少女3人組を指す。2018年10月19日夜8時過ぎ、3人組の所属事務所から「新体制についてのお知らせ」というメールが届いた。なぜ届くかと言えば筆者がファンクラブのようなものに入っているからだ。メールの件名を見ただけでむっとし、「新体制なんて言葉を使うな」とつぶやいたが読まない訳にはいかない。メールを開き、記載されていたアドレスにある3人組公式サイトへ行くと「本人の意向により(中略)10月公演への出演を見送るとともに(中略)離れることとなりました」と書いてあった。3人組は10月23日から今年初めての日本公演ツアーを開始するが1人は出演せず、しかも3人組から「離れる」。つまり2人組「を中心にした新体制」になる。3人組から「離れる」1人は公式サイトとは別のページに『ファンの皆様へ』という一文を本名で発表し、自分の言葉でファンにあいさつした。
面食らっている読者の方々も多いだろうが、以下に書こうとしているのは「チームの戦友がもし離脱したら」という問いへの回答であり、3人組を知らない方にも何らかの関係がある話だと思っている。今年7月12日に次のように書いた。やや長いが再掲する。「顧客から『奇跡』と称賛されるほど素晴らしいチームがあったとして、その一員が仕事から離れざるを得ない状況になり、しかもそれを株主総会で追及されてしまったら、チームメンバーや上司、経営者はどうしたらよいか。そして顧客はどう受け止めたらよいだろうか」、「本稿のお題は『チームの戦友がもし離脱したら』というものであった。今回はチームと顧客の間の関係についてだけ書いた。そういう事態に陥ったとき、チームメンバー、チームの上司や経営者、そして顧客はどういう態度をとればよいかというお題が別途あるがそれについては稿を改めたい」。
本当のことは当人しか分からない
例えば数人で新製品ないし新サービスを開発するプロジェクトを始め、徐々にチームを大きくしていく。あるいは起業でもよい。当初のメンバーが3人であったとして8年間、それぞれが役割を果たし、協力しあって、製品やサービスを世に出したり、新会社を軌道に乗せたりしたとしよう。だが、なんらかの事情によって主要メンバー3人のうち1人がチームを離れることになったら周囲や顧客はどうしたらよいのか。筆者自身を例に考えようと思ったが出版社におけるプロジェクトは短期間のものが多く、編集部の人事異動もあるため8年以上同じメンバーで仕事を続けたという経験が筆者にはない。
類似の事例はないかと考えていると知り合いの社長のことを思い出した。数年ぶりに会って雑談をしていたとき、「社長は時々鬼にならないとこなせません」という発言があった。その時はうかつにも気付かなかったが後になって、創業以来、苦楽を共にしてきたナンバーツーがその会社を去ったことを知った。関係者に聞くと社長がナンバーツーに引導を渡したそうだ。次に会う時に「鬼の心境とはどういうものか」と聞こうと思う反面、それは聞いてはいけないことだという気もする。いや、この社長の例は適切ではなかった。3人組の1人は『ファンの皆様へ』という一文の中に「何度も考え直したのですが、私はこの度(中略)辞めさせていただくことになりました」と書いており、自分で考え、自分で決断した。
もっと他の事例はないか。15年前にひょんなことで知り合った、あるNPO(非営利組織)の創設メンバーは3人であった。2018年4月から、そのNPOは活動内容を変えた。創設メンバーの1人はNPOから離れ、別のNPOを作り、従来の活動を継続する。3人に会いに行き、これまでの苦労話や今回の意思決定の経緯などを聞いてみたい気がするが、以前からの活動を続ける1人は海外におり、そこまでは行けない。
本当のことは当人にしか分からないから、長年活躍してきたチームに変化があったなら当人に聞かなければならないが説明してくれるとは限らない。「チームの戦友がもし離脱したら(中略)どういう態度をとればよいかというお題(中略)については稿を改めたい」と宣言したものの、「分からない」というお粗末な結論になりつつある。3人組は2017年12月に開催した日本公演の時から2人組になってしまい、今回離脱を発表した1人の不在がほぼ1年続いていたが、その理由は語られなかった。何らかの難問が発生し、離脱を余儀なくされたのであろうが、「難問を解けるのは当事者だけで外野には無理だと思う」と7月26日の本欄に書いた。ちなみにそのコラムで知り合いのエンジニアが唱えた「3人組のプロデューサーの異常なこだわりが原因、だが10月に3人組は復活する」という説を紹介し、筆者はそれを信じていたが悲しいことに彼と筆者の妄想で終わってしまった。