たとえ知り合いではなくても、誰かが壊れたという話を聞くのは辛い。まして面識がある人だったら暗然とする。
数年ほど前に社外の勉強会で何度か顔を合わせたことがある若手の近況を最近聞かされた。あるプロジェクトのリーダーを任されたが、顧客の担当者と部下であるチームメンバーとの板挟みになって調子を崩し、プロジェクトがなんとか終わった直後から休職したという。
30人の持論から作った言葉
このことを聞いてからしばらくして旧知のコンサルタントの関係者から連絡がたまたまあり「上を向いてプロジェクトをしよう」という言葉を思い出した。
この言葉を作ったのは自分だが、作るように仕向けたのはこのコンサルタントである。経緯は次の通りであった。
コンサルタントの専門分野はプロジェクトマネジメント。彼は10年近く前、顧客や知り合いを30人ほど集め、プロジェクトを乗り切るためのそれぞれの「持論」を明文化する勉強会を開いた。
彼の定義によると持論は「経験から生まれ、行動を導いている方法論」を指す。方法論といっても体系的である必要はなく、プロジェクトに取り組むとき念頭に置いている何かであればよい。プロジェクトマネジメントのための座右の銘と考えれば分かりやすかったかもしれない。
勉強会の締めくくりに参加者30人がそれぞれ持論を発表、小冊子にまとめた。コンサルタントから小冊子の原稿を渡され、「冊子の巻末に感想文を寄せてほしい」と頼まれた。30の持論を読み、それぞれについて思ったことを書き連ねてコンサルタントに送ったところ「総括も書いてもらいたい」と注文が付いた。
一晩考えてひねり出した言葉が「上を向いてプロジェクトをしよう」であった。それなりに苦心して作った言葉だったはずだが、総括を書いて彼に送ったところで一仕事を終えた。それで安堵したせいかすっかり忘れてしまった。
1年ほど前、このコンサルタントに会って雑談をした。話の内容は不確実な時代を乗り切るためのスキルについてだったが、対話の終わりごろにふと思い立って「プロジェクトマネジメントのほうはどうですか」と尋ねた。
彼は「やはり『上を向いてプロジェクトをしよう』に尽きるのでは。プロジェクトマネジャーやリーダーに助言するとき、必ずこの言葉を伝えています」と答えた。
自分で書いたのにその言葉を忘れていたと言ったところ、「ひどいなあ。お客さんに伝える際、日経BPの谷島さんが作った言葉だと説明してきたのに」と苦笑いされた。