「不勉強でパターンランゲージについて無知であったが、ある人から説明を受け、『オレゴン大学の実験』を2014年にようやく読んだ。木にブランコを付けようとしたが、利用者、企画制作者、プロジェクト発起者、専門家といった立場によって異なる出来上がりになってしまう様子を表現したイラストはどこかで何度か見たことがあり、出所がこの本であったのかと遅まきながら知った」
上記は2015年4月28日に公開した拙文の一節だが、なんと間違っていた。
6枚の絵をつくったブライス親子
「木にブランコを付けようとしたが(中略)立場によって異なる出来上がりになってしまう様子を表現したイラスト」は『顧客が本当に必要だったもの』と総称されている。総称というのは色々な種類があるからだ。イラスト6枚で構成されるものや10枚で構成されるものがあり説明する言葉も様々である。
かなり前、「顧客が本当に必要だったもの」を見て実によくできていると感心し、誰が描いたのだろうと思って調べたが分からなかった。
その後、『オレゴン大学の実験』(クリストファー・アレグザンダー他著、西川幸治解説、宮本雅明訳、鹿島出版会)を読んだところ、大学に勤める科学者が実験室を建てる際、建築家にどれほど要求を伝えても使いにくい実験室が出来上がる、という記述があり、その上段にイラスト6点版の「顧客が本当に必要だったもの」が掲載されていることに気づいた。
同書はイラストを説明抜きで載せており出所も記載されていない。てっきりアレグザンダー氏が描いたものだと思い込み、「出所がこの本であったのか」と書いてしまった。
ところが2020年11月になって名古屋経済大学の名誉教授である中西昌武氏から次の指摘を受けた。
「6種類のブランコを上段に3点、下段に3点並べたモノクロ線画はPRIDEのプレゼンテーション資料として昔からおなじみでした。PRIDEを作ったミルト・ブライスが考案し、絵が上手な長男のケヴィン・ブライスが作画したものだそうです」
中西氏は大学に移る前、PRIDEを使うコンサルタントをしていたので6枚の絵は「おなじみ」だった。
PRIDEとは経営や事業に価値をもたらす情報を計画と統制に基づいてデザイン(設計)するための方法論である。「PRofitable Information by DEsign - through phased planning and control」を縮めたものだ。ミルト・ブライス氏がPRIDEの販売を始めたのは1971年。アレグザンダー氏の『オレゴン大学の実験』の原著が出版された1975年より前になる。
インターネットであちこち検索して調べてみると、University of London Computer Centre Newsletterの1973年3月号(53号)に掲載されたという説明がある一方、1970年代に米国の産業界で広まっていた絵である、という指摘もあった。後者の件について中西氏は「PRIDEを販売する前からミルトは教育や講演の際、OHP(オーバーヘッドプロジェクター)を使って6枚の絵を投影しており、それが広まったのではないか」と推測している。
方法論は役に立つか
ブライス親子がつくった6枚の絵は顧客が望んでいる情報システムとはまったく異なるものが出来上がってしまう当時の状況を伝える。絵が描かれてからざっと50年たったことになるが事態は改善したとは到底言えない。
「顧客が本当に必要」とするものを得るためにミルト・ブライス氏はPRIDEという方法論を用意した。PRIDEで採用している「情報誘導型設計(インフォメーション・ドリブン・デザイン)」について日経コンピュータの2019年12月26日号に次のように書いた。
「システムコンサルタントの仕事は経営者や事業部門長あるいは現場責任者から話を聞き、価値をもたらす情報は何かを見つけ出すこと。欲しい情報をはっきり言える企業もあれば、やりたいことはあっても情報のことまでは考えていない企業もある。続いてその情報を必要な時期に合わせてどう届けるか、そのための仕組み(データとプロセス)を考える。SE(システムズエンジニア)の仕事も本来そこにあった」
50年後の今でも、いや、今だからこそ、情報誘導型設計は求められる。いわゆるデジタルなんとかの案件において、「価値をもたらす情報は何か」を当事者は模索しなければならないからだ。
ここでよく出てくる疑問は「方法論など役に立つのか」あるいは「方法論を身に付けているとはいえ、部外者のコンサルタントやSEに『顧客が本当に必要としているもの』を見つけられるのか」というものである。