2023年に突如始まった生成AI(人工知能)ブーム。米Google(グーグル)は長年AI開発に注力しており、その先駆者として知られてきた。しかしこのブームにより、一般向けサービスの開発・提供において、急速に取り残される状況に陥った。対話AI「ChatGPT(チャットGPT)」を手がける米OpenAI(オープンAI)に出資してきた米Microsoft(マイクロソフト)はこれを好機と捉え攻勢を強めている。検索市場で圧倒的なシェアを持つグーグルは状況を打開すべく対応を急いでいる。
生成AI搭載の検索エンジン
グーグルは、2023年5月10日に開いた年次開発者会議「Google I/O」で、生成AI機能を搭載した検索エンジン「Search Generative Experience(SGE)」を披露した。加えて、生成AIサービス「Bard(バード)」を一般公開したと明らかにした。
前者のSGEは現在グーグル社内で試験中だ。今後数週間以内に米国の利用者を対象に「Search Labs(サーチラボ)」と呼ぶ新しい実験プログラムで待機リストへの登録を受け付ける。後者のBardは23年3月に一部地域で一般公開を始めていたが、今後は英語版の提供地域を180カ国・地域に広げる。加えて、Bardを40言語に対応させる計画も明らかにした。第1弾として日本語と韓国語での提供を始めた。
開発者会議でグーグルは、同社の大規模言語モデル(LLM)「PaLM(Pathways Language Model)」を改良した「PaLM 2」も発表した。PaLM 2は、Bardや検索エンジン、電子メール「Gmail」など、25のサービスに活用されるという。グーグルのスンダー・ピチャイCEO(最高経営責任者)は「AIをすべての人に役立つようにすることが、私たちの使命を達成するうえで最も重要だ」と説明した。
関連リンク グーグルの発表資料:生成AI機能搭載の検索エンジン「SGE」 グーグルの発表資料:生成AI「Bard」一般公開 WSJ(スンダー・ピチャイCEOの声明)英ディープマインドをグーグル本体に
こうした動きには、同社の焦りがあると指摘されている。これに先立つ23年4月20日、グーグルはAIの研究部門を再編すると明らかにしていた。持ち株会社、米Alphabet(アルファベット)傘下の英DeepMind(ディープマインド)と、グーグルの研究部門「Google Research(グーグル・リサーチ)」のBrain(ブレイン)と呼ぶチームを統合する。マイクロソフトが出資するオープンAIがChatGPTを公開して以降、AIを巡る競争が激化しており、グーグルは2部門を統合し、ライバルに対抗する。
「AlphaGo(アルファ碁)」などの開発で知られるディープマインドは、グーグルが14年に約5億ドル(当時の為替レートで約515億円)で傘下に収めていた。今後はディープマインドとブレインを、新設する「Google DeepMind(グーグル・ディープマインド)」に統合し、ディープマインドの共同設立者でCEOのデミス・ハサビス氏が新部門のCEOに就任する。
一方、Google Researchの責任者、ジェフリー・ディーン上級副社長は、チーフサイエンティストに昇格し、ピチャイCEOの直属部下として、Google DeepMindとGoogle Researchの両部門を統括する。ピチャイCEOは声明で「多くの才能を1つのチームに結集することで、AI分野における我々の進歩を加速させることができる」と述べ、経営資源を集中させることの重要性を強調した。ハサビス氏は「Google DeepMindの創設によって、私たちは未来により速く到達できる」と述べた。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、グーグルは以前から社内でAIシステムを活用してきた。同社はLLMの先駆者であるが、これまでその精度やバイアス傾向を検証する必要があるとして、文章や画像生成プログラムなどの一般公開を控えてきた。
生成AI製品化、MS vs グーグル
しかし、オープンAIのChatGPTが世界中で人気を博すと状況が一変した。オープンAIは20年にLLM「GPT-3」を開発し、22年11月にはこれを進化させたGPT-3.5を取り入れたChatGPTを公開した。するとわずか2カ月で月間アクティブユーザー数が1億人に達した。
オープンAIは23年3月14日、GPT-3.5をさらに進化させた「GPT-4」を発表。そしてChatGPTのほか、マイクロソフトの検索エンジン「Bing」をはじめ、各種アプリやサービスがGPT-4を取り入れた。マイクロソフトは23年3月16日、業務用ソフト群「Microsoft 365」にGPT-4をベースにした対話AI「Copilot(コパイロット)」を搭載すると明らかにした。「Word」「Excel」「PowerPoint」「Teams」などでの作業をAIが支援するというものだ。
23年3月21日、グーグルはさっそくマイクロソフトなどに対抗した。対話AIサービスのBardの一般公開を米国と英国で開始した。「初期の実験という位置付けだが、利用者は生産性を高めたり、アイデアを促進したり、好奇心を刺激したりできる」と同社は説明した。開発者によると、Bardはグーグルが開発した対話アプリケーションの言語モデル「LaMDA(Language Model for Dialogue Applications)」を活用して開発された。公開フォーラムやウェブサイトにある1兆5600億語の単語をベースにしているという。
グーグルはその数日前にも、業務ソフトのクラウドサービスに、文章や画像を自動で作成する生成AIを使った新機能を導入すると明らかにした。電子メール「Gmail」や企業向けのクラウドサービス「Google Workspace」に生成AIを使った新機能を組み込むというものだ。Gmailの場合はAIに文章を下書きさせることができるという。
グーグルは社内で「コードレッド(厳戒警報)」を発令したとされる。米CNBCによれば、AIプロジェクトの遅れを解消するために、社内のさまざまな部門からチームメンバーを引き抜いてBardに注力している。
こうなると、もはや開発競争が止まらないといった状況だ。ロイター通信によると、マイクロソフトは23年3月21日、Bingとウェブブラウザー「Edge」にテキスト入力による画像生成機能「Bing Image Creator(ビング・イメージ・クリエーター)」を導入した。出資先であるオープンAIの画像生成AI「DALL-E」を活用している。デザインソフトの米アドビも同日、画像生成AI「Firefly(ファイアフライ)」を公開した。簡単な文章から画像や装飾文字を生成できるというものだ。
関連リンク グーグルの公式ブログ(AI部門組織再編) ディープマインド公式ブログ(AI部門組織再編) マイクロソフトの発表資料(対話AIのCopilot) WSJ(グーグルのAI部門組織再編) CNBC(コードレッド、厳戒警報) ロイター(マイクロソフトのBing Image Creator) アドビ(画像生成AI)