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 筆者は、2011年3月11日の事故後、福島第一原子力発電所を2度訪れている。最初は事故から3年後の2014年、2度目は2020年末である。6年半の間に現地は大きく変わったが、中でも目に付くのが敷地内に立ち並ぶ多数の処理水タンクの増加である。

立ち並ぶ処理水タンク
立ち並ぶ処理水タンク
(撮影:東京電力、出所:桜井 淳)
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 このタンクが保管するのは現地で日々増え続けている汚染水を処理した水(処理水)である。事故を起こした福島第一原発の原子炉1~3号機は炉心部冷却のために冷却水を循環させている。この冷却水に原子炉建屋へ流れ込んでいる雨水や下水が混じって汚染水が日々発生する。汚染水から放射性核種をできるだけ取り除いたあとの水が処理水である。本稿では、増え続ける汚染水の処理問題を考察する。

今の福島第一原発

 最初に、福島第一原発の現状をおさらいしておこう。表1に福島第一原発の事故概要を、図1に最近の1~4号機の状況を示す。

表1 福島第一原発の概要
表1 福島第一原発の概要
(出所:桜井 淳)
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 原子炉圧力容器の下部には、溶け落ちた燃料や炉心構造材、原子炉圧力容器の一部が溶融したものなどが塊(デブリ)となって存在している。今後、ロボットなどを利用してデブリの取り出し作業が進められる予定となっている。

図1 最近の1~4号機の状況
図1 最近の1~4号機の状況
(出所:東京電力)
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 実は筆者は、1979年3月にメルトダウン事故を起こした米スリーマイル島原発の2号機を訪問し、デブリの取り出し作業を見学した。同原発で炉心からデブリの取り出し作業を始めた1984年10月ごろのことである。作業は、原子炉圧力容器の上蓋を外し、炉内に冷却水をいっぱいに張った上で、原子炉上部に設けた作業用プラットホームに設置された2台のロボットアームを使って行われていた。1台のロボットアームの先に取り付けた削岩機のような装置でデブリを砕き、もう1台のロボットアームで砕いたデブリを把持して別の容器の中に収めるのである。作業者は、直下の水中の炉心を目視で作業をしていた。水が放射線の遮蔽物となる上、透明なので作業はしやすいようだった。

 しかし、福島第一原発1~3号機は少々事情が異なる。デブリは圧力容器の下にある「コンクリートペデスタル」の下部に固まっている。構造上、遠隔操作のロボットアームでデブリ溶融物を砕いて容器に収納するのはスリーマイル島原発2号機での作業に比べてはるかに困難だろう。

地下水の混入で増える処理水

 福島第一原発1~3号機の燃料デブリはいまも発熱し続けているため、後述のように圧力容器内に注水して冷却している。しかも、原子炉建屋・タービン建屋への地下水や雨水の流れ込みがあり、これが大量の汚染水を生む要因となっている。

 1~4号機の汚染水処理システムを図2に示す。1~3号機の炉心は外部から注水した水で冷却している。経路は明らかになっていないが、この冷却水はベント管や圧力制御室(サプレッションプール)のどこからか漏洩し、建屋内に流れ出して滞留水となっているとみられる。さらに建屋内には地下水や雨水も流れ込んで混ざっている。

* 4号機は燃料がないため注水は行われておらず、建屋の滞留水をくみ上げているだけ。なお図では、地下水の浸水口は、原子炉建屋の地下外壁から地下水が浸入しているように描かれているが、実際の浸水経路ははっきりしていない。

 滞留水は当然汚染されている。そこで、「セシウム吸着装置」で主な放射線源であるセシウムおよびストロンチウムを低減させた後、「淡水化装置」で塩分を取り除いた淡水を規定量だけ冷却水として再利用する。これが「循環注水冷却」システムである。

* セシウム吸着装置は、フィルターによってセシウム・ストロンチウムを吸着するもので、米国CURION(キュリオン)の「CURION」と東芝製の「SARRY」「SARRY 2」の3台が並列稼働している。SARRYはSimplified Active Water Retrieve and Recovery Systemの略。
図2 汚染水処理システムの概要
図2 汚染水処理システムの概要
(出所:東京電力)
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 しかし、原子炉建屋内には地下水・雨水が流入しているので放っておくと滞留水は増える一方である。そこで、淡水化装置で塩分を濃縮された処理水(ストロンチウム処理水)のうち、冷却水として再利用しない分は「多核種除去設備」(ALPS:Advanced Liquid Processing System)でさらに処理し、主だった核種の放射能濃度を低減させている(図3)。ALPSは、東芝製の2台を並列運転している。

図3 ALPS
図3 ALPS
2020年11月~12月に実施された見学会時のもの。(出所:桜井 淳)
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 62の核種をほぼ取り除けるALPSだが、半減期約12年のトリチウム(3重水素)だけは除去できない。従って、最後に残ったトリチウムを含む処理水をタンクに貯蔵し保管しているのである(図4)。また、放射性核種除去に利用したフィルターも、放射性廃棄物として長期間にわたり保管しなければならない。

* ALPSは全ての放射性核種を完全に除去できないので、トリチウム以外にもストロンチウム90などがわずかに残る。

 セシウム吸着装置とALPSは、縦横が約50×100m、高さが約30mの大きな建屋に収められている。この建屋内には作業者はおらず、別の建屋内の状態監視室での監視業務を行っている。両設備は初期故障やトラブルに見舞われたものの、短期間で開発したとは思えないほど放射性核種の除去効率の高い高性能な装置といえる。

 図4に筆者が2020年11月~12月に福島第一原発を見学した際の写真を示す。図4のガラス容器には、ALPS2で処理した水が入っている。筆者はガンマ線検出器のそばにこの容器を置いてみたが反応はなかった。ALPSによってガンマ線を放出するような危険な核種はほとんど除去されているとみてよい。

 トリチウムが放出するのは、平均エネルギー約4keVのベータ線(電子)のみでこれはこれは容器で遮蔽できる。トリチウムの放射能を確認するには、液体シンチレーターのシンチレーター溶液に溶かし込まなければならないくらいだ。

* 実際には紙1枚程度で遮蔽できる。
図4 ALPSで処理した処理水の容器を手にする筆者
図4 ALPSで処理した処理水の容器を手にする筆者
トリチウム以外の核種はほとんど除去されている。(出所:桜井 淳)
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トリチウムは放射性物質ではあるが…

 問題の1つは、日々増え続けるトリチウムを含んだ処理水を最終的にどう処分するかにある。2021年2月初旬時点で、処理水の総量は120万m3超、貯蔵タンク数は1000基以上に上り、設置されたタンクの専有面積はサイトの約4分の1を占めるに至っている(図5)。東京電力は2020年12月に計画中のタンクすべての設置を終えており、同社の試算によると2022年夏ごろには現在設置済みのタンク全部を使い切る見込み。汚染水の処分方法の決定は待ったなしの状況にある。

図5 処理水タンク群
図5 処理水タンク群
初期に使われていたフランジ型タンクは、漏洩防止の観点から信頼性の高い溶接型タンクに取り換えられた。なお奥に1~3号機の建屋が見えている(撮影:東京電力、出所:桜井 淳)
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 処理水のトリチウム平均濃度は、約73万Bq/lでタンク内のトリチウム放射能総量は約860兆Bqとされている。トリチウムは水素と原子番号が同じで質量数が違う同位体で、通常は酸素と結合してトリチウム水として存在している。質量数は違うものの化学的性質は軽水とほぼ同じであるため化学的方法では分離が難しい。

 ウランの遠心分離法と同様に質量数の違いを利用し、トリチウム水をガス化した上で、水素ガスと重水ガスとトリチウムガスを遠心分離することは原理的には可能だが、処理水の量が桁外れに多いため、コスト面から現実的ではない。

 経済産業省の汚染水処理対策委員会の「トリチウム水タスクフォース」がとりまとめた報告書によると、トリチウムが人体に与える影響は、放射性セシウムの1000分の1程度とされている。トリチウムは、低エネルギーのベータ線を放出する放射性核種であるため、外部被曝はほとんどない。考慮すべきは、体内摂取による内部被曝だが、現実的には深刻な影響はないとみられる。

 実は、国内外の他の原子力発電所や原子力関連施設などでも日常的にトリチウムは発生している。しかし、前述のようにトリチウムが崩壊する際に出るベータ線は極めて弱く、外部被曝では人体にはほとんど影響しないため、通常国内ではトリチウムを含む水を近海に排出している。ただし、排出にあたっては濃度上限が定められており、トリチウム濃度のモニタリングも行われている。

 福島第一原発の処理水の放射能総量は通常の原子力発電所の10年間分に相当する膨大な量である。いくらトリチウムの放射線が非常に弱く、人体や環境への影響も小さいとはいえ、海洋や大気への放出に不安に感じる人も多い。先述のように処分法としては、希釈した上での海洋放出の実績があり経済的であるものの、あらためて人体への影響、魚介類・海草における濃縮、さらには風評被害についても認識しておく必要がある。

 安易に環境へ放出すれば農林水産物への深刻な風評被害が想定される。一方でタンクへの集中保管も発電所内のみならず地域のリスクも高めることになり、このままにするのは限界が近い。処理水の現実的取扱法や処分法は、非常に厄介な問題なのだ。

図6 処理水タンクの配置状況
図6 処理水タンクの配置状況
福島第一原発の南側敷地の空き領域をほぼ使い切っている。赤枠は計画・実施中のエリアだが、タンク自体の設置は終わっている(出所:東京電力)
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過去にもあった風評被害

 風評被害を考察する上で思い出されるのが、茨城県那珂郡東海村のJCOで発生した臨界事故である。JCOは日本の沸騰水型軽水炉(BWR)の核燃料再転換事業を担っていたが、1999年9月30日、低濃縮ウラン水溶液を処理するために不正流用した沈殿槽において、臨界事故を起こした。国際事故尺度でレベル4、被曝死者2人、被曝負傷者1人、住民の中性子被曝(ひばく)者667人を出す事故だった。

 この事故では約0.1秒の臨界の後、中性子線を放出し続ける再臨界が20時間も継続したものの、有意な放射性核種が環境に放出されたわけではなかった。中性子被爆があったとはいえ、JCOから北東約5kmにある日本原子力発電東海第二原発の排気筒から放出する通常運転時の年間放射能量の方が桁外れに多いくらいである。

 にもかかわらず同事故による負のイメージは非常に強く、東海村や周辺自治体の出荷期を迎えた乾燥芋などの農作物に多大な影響を及ぼした。結局、政府とJCOは多額な風評被害の補償を行った。風評被害は、科学の問題ではなく人間の心に起因する社会問題の1つだが、原子力産業とは切っても切り離せない。

厄介なトリチウムの検出

 先述のようにトリチウムによる外部被曝はほとんど問題にならず、海洋への希釈放出も実績があって実質的な問題ないと筆者は考えている。しかし、海洋放出には根強い反対があり、実施すれば風評被害は避けられない。しかも福島第一原発の処理水の量は桁外れに多く、仮に希釈海洋放出を実施してもすべてを放出し終えるには、筆者がみるところ10年以上かかるだろう。つまり風評被害対策も10~20年続ける必要がある。

 風評被害対策の第1は近隣や近海の農林水産物のトリチウム汚染のモニタリングとなる。だが実はトリチウム汚染を調べるのは厄介なのである。セシウム137のように、高いガンマ線を放出する核種なら、捕獲した魚介類を検出器で測定すれば汚染の有無がすぐに分かる。魚介類を解体し、幾つかの部位の質量と放射能測定結果から、1kg当たりの放射能量を定量的に評価するのもさほど難しくない。そうした作業は、ある程度の研修を受ければ専門家でなくてもできる。

 トリチウム汚染の場合はそうはいかない。ベータ線はエネルギーが小さく、魚介類の体内に蓄積されていても外に透過してこない。汚染の有無を確認するには、魚介類の一部をすりつぶして液体シンチレーターの中に溶け込ませて測定しなくてはならない。しかも、放射線量を定量化評価しようとすれば、通常、専門機関に依頼するか、専門的な研修をうけた上で測定しなくてはならない。

 海洋への希釈放出を実施するのであれば、東京電力および政府には、風評被害対策など国民の理解が得られるような政策の実施が求められる。だがその第1である近海魚介類の的確なトリチウム汚染検査すら一筋縄ではいかないのだ。