「ウチの会社、上司の意思決定が遅くて、プロジェクトのスケジュールがいつもカツカツ。正直、やっていられないよ」
都内にある某企業のIT職場に勤めるS氏(35歳・男性)はそう言って、下を向く。プロジェクトの投資判断や要件定義、システム開発ベンダーの選択。その全ての決定に時間がかかる。上司がなかなか決めてくれない。部下はいつまでも、上司に説明するための資料作りや会議に追われて、プロジェクトがキックオフする前に既にヘトヘトだ。こんな日々が続けば、誰だって「やっていられない」と言いたくなる。
「実は転職活動をしているんだ。外資系企業からは内定をもらっている。いま関わっているプロジェクトがあるんだけれど、どうせまたキックオフまでに時間がかかるだろうから、夏のボーナスをもらったら辞表を出すつもりだ」。こうしてIT職場のエンジニアが1人、また1人、会社を去っていく。
「決めない」ことが優秀な社員を会社から遠ざける
「部下からの提案に何かと理由をつけて、上司が突き返してくる」「社内向けの資料作りや会議がやたら多い」「部門長同士で綱引きばかりしていて、プロジェクトがキックオフできない」「決裁プロセスが煩雑で、事務手続きに時間がかかりすぎる」。
日本企業にありがちな「決めない」「決まらない」というトラップの数々。決めない、決まらないが続くと、優秀な社員ほどその会社から遠ざかろうとする。S氏のように、会社を辞めていく人が後を絶たない。
理由は単純。その会社にいても「自分は成長できない」と感じるからだ。意思決定が早いA社と遅いB社。社員の成長スピードはどちらが早いか。誰でもA社と答えるだろう。
A社の社員は既にプロジェクトを進めているのに、B社の社員はキックオフする前の資料作りや会議で、早くも疲弊している。資料作りばかりやらされて、エンジニアは自分のスキルアップにつながると思えるだろうか。普通は思えない。当然、経験できるプロジェクトの数に差が出てくる。
エンジニアは経験値の多さが、その人の価値に直結しやすい。だから決めない、決まらないIT職場は、そこで働く社員の成長機会を奪っていく。
「本当に申し訳ありません。上司がなかなか決めてくれないもので。あと1週間、お待ちいただけますか」。IT職場の社員が泣きそうな顔で頭を下げる。今日はシステム開発を依頼するベンダー選定結果の回答期限日。なのに上司はまだ決めかねている。
部下は熱意を持って、仕事に取り組んでいる。いち早くプロジェクトを開始したい。でもスタートが切れない。こんな状況に置かれた部下は、本当にかわいそうだ。仕事に対して熱量が高い人ほど、「(上司が)決めない」ことが、その人のモチベーションを下げていく。付き合う相手にも申し訳ない。それが何度も繰り返されると恥ずかしいし、情けなくなる。そしてある日突然、会社への愛着が崩れ去る。