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 1990年代のオウム真理教によるテロ行為や、2001年に米国で発生した炭疽菌郵送事件など、生物化学兵器によるテロのリスクが顕在化してきたことから、内閣府は2000年8月に関係省庁の幹部からなるNBCテロ対策会議を設置し、各種のマニュアルを整備するなどの対策を講じている。2003年にはその一環として、警察庁科学警察研究所(科警研)内にバイオテロ対策のために生物第五研究室を新設した。その初代室長を務めた安田二朗・長崎大学熱帯医学研究所教授に、日本のバイオテロ対策の現状や生物兵器の実際、バイオテロ対策製品の研究開発などの話を聞いた。

(聞き手は橋本 宗明=日経バイオテク編集長)


2003年から7年間、警察庁がバイオテロ対策のために設けた研究室の初代室長を務められました。その経緯を教えてください。

長崎大学熱帯医学研究所の安田二朗教授
長崎大学熱帯医学研究所の安田二朗教授

 背景としては、1991年にソ連邦が崩壊して、ソ連が生物兵器として研究していた炭疽菌や天然痘ウイルスなどがどこかに持ち出されたのではないかという疑いがありました。そこへ、2001年の9.11同時多発テロの直後に炭疽菌郵送事件が発生し、米国で22人が発症して5人が亡くなるわけです。その後、全世界で白い粉郵送事件という模倣事件が続発し、日本でも勘違いによる通報件数を含めると、数千件が報告されています。それから日本ではオウム真理教がボツリヌス菌毒素の大量培養装置を保有して、1993年には実際に炭疽菌を散布する事件を起こしています。

 そのようにして、生物剤、生物テロが国民の安心、安全を脅かす身近な脅威として認識されるようになりました。しかし、当時の警察には対応部署が無く、白い粉郵送事件では犯罪捜査にもかかわらず厚生労働省が白い粉の検査を担当しました。そこで、科警研の中に生物剤に対応できる研究室を作ることになり、当時の科警研の所長が北海道大学の出身だった関係で、北海道大学遺伝子病制御研究所の助教授だった私に声が掛かったのです。