PR

思想なんていらない?

(イラスト:宮沢 洋)
(イラスト:宮沢 洋)
[画像のクリックで拡大表示]

 渡辺仁はこの建物のほかに、歴史主義とアール・デコ様式を合わせたようなホテル・ニューグランド(1927年)、ネオ・ルネッサンス様式の服部時計店(1932年、現・和光本店)、イタリアのファシズム建築を思い起こさせるような第一生命館(1938年、DNタワー21に部分保存)など、様々なスタイルの建築を手掛けた。

 一方で渡辺は、設計コンペに情熱を燃やした建築家でもあった。最も有名なのは東京帝室博物館(1937年、現・東京国立博物館)での1等当選だろう。ほかにも、鉄道院や逓信省に勤めていた頃からすでに個人として、明治神宮宝物殿、明治天皇聖徳記念絵画館、帝国議会議事堂などのコンペに応募し、上位入選を果たした。独立後も軍人会館、福岡市公会堂、京城朝鮮博物館などのコンペで佳作以上に選ばれている。

 興味深いのは、1つのコンペに複数の案を出している場合が結構あること。聖徳記念絵画館や東京市庁舎では2案、第一生命館では3案も提出している。

 複数案から審査員に選ばせるというのは、建築家として「どれでもいい」という態度である。信念がない。言い換えれば、建築を支える思想がない。その無思想ぶりは建築家として責められるべきかもしれない。

 しかし同時にそれは、どんな建築をつくろうとも高いレベルで設計できるという、自信の表れでもある。実際に彼は、先に挙げたような、1人の建築家が10年のうちに手掛けたとは到底思えないような多種多様な建築を設計しているのだ。

 思想なんてなくたって、優れた建築はできる。そのことを原美術館を含む渡辺の作品は示しているように思える。

(文中敬称略)


文・写真(特記以外):磯達雄(ライター)1963年生まれ。88年名古屋大学工学部建築学科卒業。88~99年「日経アーキテクチュア」編集部勤務。2000年に独立。02年から編集事務所・フリックスタジオを共同主宰
イラスト:宮沢 洋(日経アーキテクチュア記者)1967年生まれ。90年早稲田大学政治経済学部卒業、日経BP社入社。文系なのになぜか「日経アーキテクチュア」編集部に配属。以来、現在まで建築一筋

「より抜き!プレモダン建築巡礼」の記事一覧はこちらへ。