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経営者としての進化

 こんな小板橋氏でも、父親から社長を引き継いだ時には、「自分は独りだ」と感じたという。トップになった途端に世界がガラッと変わった。自分の考えを伝えても、周囲と意見が合わない。経営者には向いていないと思った。そんな中、出会ったのが同じく群馬県でものづくりをする中里スプリング製作所(本社群馬県高崎市)社長の中里良一氏だった。「中里さんとは意見が合った。年に3回は会って、彼からいろいろなことを学んでいる」(小板橋氏)。

 例えば、「現場の人たちは名刺を持っていない。でも、地元で友達に返す名刺がないのは恥ずかしいでしょう」と中里氏からアドバイスされ、従業員全員の名刺を作ったところ、現場のモチベーションが上がった。従業員の良いところを見つけて積極的に褒める点でも、中里氏と意気投合した。仕事も人生も良い時と悪い時が必ずあるが、会社は悪いことばかりを公表しがちだ。そこで、朝礼でも「昨日一番うれしかったこと」を伝えるようにした。帰りの挨拶も「お疲れさま」、じゃなくて、「ごきげんよう」と言うようにした。今では、「良いことだけを伝え続けても会社は成立する」と思えるようになったという。

軽井沢に工場付きテニスコートを

 ただ、50歳になった辺りから、これまでと同じことにチャレンジするのではなく、社員が楽しく幸せに働ける企業を目指したいという意識が強くなってきた。というのも、もともと小板橋氏は50歳で引退しようと思っていたという。実際、今後いつでも辞められるように、創業50周年となる2020年の決算は「借入金ゼロ」を目指している。「M&Aの話もある。乗っかるのもありだと思っている」(同氏)。

 今はむしろいかに楽しい工場や職場を実現するかに思いをはせている。その1つが、軽井沢に拠点を造るという構想だ。軽井沢にはスーパーカーが走っている。レストランはどこにいってもおいしい。世界で人を殺す最大の原因といわれている蚊もいない。世界的ミュージシャンのジョン・レノン氏も愛した魅力的な街だ。

 その軽井沢に、「JTC(Jun Corporation Technical Center)軽井沢」を造るというのがその構想。1階はテニスコートで、その地下に工場があるという変わった拠点を思い描いている。誰でもワンコインで遊べる手軽なテニスコートの下で、ひっそりと隠れてものづくりを手掛ける、というのが夢だ。

 直近では、工場のリノベーションを考えている。「オフィスの壁紙を貼り替えたい。花屋と契約して、常に生花も置きたい」(小板橋氏)。そうした一見無駄と思えるようなことにお金を使い、社員が楽しくなるような幸せ感を醸し出すのが狙いだ。その改革は既に始まっており、打ち合わせスペースには現代建築の巨匠と言われるル・コルビジェ氏がデザインしたソファを入れた。今は男女共同のトイレも男女を分けて女性が過ごしやすい職場にしたいと考えている。大きな夢、小さな夢、たくさんの夢で人を笑顔にする構想にあふれる小板橋氏。貴重な出会いの取材となった。

図5:ジュンコーポレイション前にて 中央に小板橋社長、左右が筆者ら
図5:ジュンコーポレイション前にて 中央に小板橋社長、左右が筆者ら
(写真:ローランド・ベルガー)
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